2014年2月17日月曜日

酔花 風酔 自然法爾のおきどころ・雪中閑話(標高 870 m)

【マイヤーレモンとオレンジのマーマレード】


Made by Akiyo

雪の降り続く日は パンを焼いたり柑橘類のジャムなどを作って過ごすと 心がなごむもの ほんのりとした甘さの『天然酵母食パン』に さっぱりとしたマーマレードが良くマッチしています

阪急夙川添いに住んでおられるTさんが いろんな柑橘類を贈って下さったので 家内が早速作ってみたようですよ なんだか早春の香りも漂って来るマインヒュッテの朝です

(庵主の日時計日記:歓びの朝)より 

2014年2月16日日曜日

酔花 風酔 自然法爾のおきどころ・「猛烈雪」降り続く(標高 869 m)



3日間降り続いた雪が大変なことになっていた 朝玄関のドアーを開けた時 目の前に一つの山が出来ているではありませんか

電話線スレスレの感じが見て取れます これからこの山を征服しなければ 外に出られないのですそろそろ止んでくれないかな ここで冬山登山をしてどうすんねん

(庵主の日時計日記:自然と私)より

2014年2月15日土曜日

酔花 風酔 自然法爾のおきどころ・「猛烈雪」降り出す(標高 868 m)


雪の降り続いている朝があけました。昨日屋根の下に積った雪の除去を行ないました。いよいよ本格的な『猛烈雪』の時季に差し掛かったようです。これからの一週間が今冬の『山場』でしょう。薪ストーブの煙突のメンテナンスも行ないました。部品を新品に取り替え、煙道を掃除。安全基準が確保出来た事が『安心』に繋がりました。有り難うございました。

213日の晴れ間に見た【ミズナラの林】です。4月半ばには湿地帯に『水芭蕉』が咲き出すでしょう。あと2ヶ月ですね、楽しみです。
       
(庵主の日時計日記:安全を安心へ)

2014年2月13日木曜日

酔花 風酔 自然法爾のおきどころ・バレンタインデー(標高 867 m)


明日はバレンタインデー、ボクにはあまり関係のない日ですが、家内は毎年何かを作って娘や孫に贈っているようです。それはチョコレートです。今年の作品現場をそっと覗いてみました。そこで作られていたのは、フランスのスイーツ【ポーム・ダムール】です。フレッシュなリンゴを長時間蜜でボイルし、ほろにがいビターチョコでコーティング。チョコのビターな味わいとリンゴの甘酸っぱさがお口の中で広がります。甘いものが苦手な方にも味わって頂けるおいしさです。その作品をちょっとだけ・・・しかられるかな?


Made by Akiyo


チョコチップ・クッキーとドイツ板菓子(アーモンド)袋入りも同梱して贈るようですよ。

(庵主の日時計日記:歓びの朝)より

2014年2月12日水曜日

酔花 風酔 自然法爾のおきどころ・雪の朝・ホンドリス現れる(標高 866 m)


今 朝の740分です 雪の小山に「ホンドリス」が可愛い顔を見せてくれました ちょうど目があったのですが カメラが手元になかったので写せなかったのです ところが東の窓から杉の木の根元を走っているのが見えました 一枚だけシャッターを切りましたが さて写っているでしょうか? 【雪の朝・ホンドリスと遭遇】ではどうぞ


耳がピンとしていて 尾っぽが長いのが特徴ですね 写真が小さくてごめんなさいね

(庵主の日時計日記:自然と私)より

2014年2月11日火曜日

酔花 風酔 自然法爾のおきどころ・奉祝・建国記念の日 (標高 865 m)

素晴らしい朝がやってきました 昨日まで降っていた雪も一休み

妙高高原はどこもかしこも真っ白気 

ソチ冬季オリンピックの会場にも素敵な山並が見えました 日本の選手が日の丸を揚げてくれるよう願っています




(庵主の日時計日記:心の内)より

2014年2月9日日曜日

酔花 風酔 自然法爾のおきどころ・花一輪 恋の笹舟 (標高 864 m)


花一輪・恋の笹舟(完)

それでなくても人けのない山奥の庵(いおり)である。松籟の泣くような音を聞いて、順心の胸の内には尼の苦しんでいる、声にはならない声を聴いた思いがした。杉の木のキジバトがデデポッポウ、デデポッポウと鳴く声もさらに心を重苦しくさせる。


『尼様、順心がまいりました。失礼致します』そう言って尼の伏せっている小さな部屋の襖に手を掛け、そっと襖を開けた。そこには春禰尼が寝床に起きあがってじっと合掌している姿があった。それは順心の声を聞いて、必死で起きたに違いなかった。

『春禰尼様、ご無理なさってはいけません。さあ、横におなり下さい』そう言って、順心はそっと肩に手を置いた。尼の肩は悲しくも痩せて、小さくなっていた。今年の春、順心が湯屋で抱いた尼の姿は、今はもうどこにもなかった。

縋(すが)るような目で順心を見て、尼は、はらはらと涙を流した。『いったいどうなさったのですか。こんなにおやつれになって・・・』『順心様、私はもう何も思い残すことはありません。み仏よりお預かりしたこの身、いよいよお返し致す時がまいりました』『なにを申されるのですか。まだ尼様にはご使命が・・・』『有り難うございます。されど自分の身は自分自身が一番よく分かっております。このままそっとお浄土に・・・』そう言って尼はただじっと合掌をして順心を拝んだ。

順心は膝を進めて、尼の小さな体を愛おしむように、腕の中に包み込んだ。そして頬を合わせあって般若経を唱え続けた。尼はその腕の中で満ち足りたような柔和な顔になって、深い眠りにおちていった。その姿は尼の命が順心の体の中に、まるで吸い込まれるようにして、この現象界を静かに離れていった一瞬であった。

春禰尼の生涯はこうして終わりを告げた。享年五十九歳の短い一生であった。順心が愛したただ一人の女性であった。また春禰尼が生まれて初めて心を許した、たった一人の男性でもあった。この愛のかたちは、み仏に仕える二人にとっては、危ういものであったかも知れなかった。しかしここに広がる自然の中で、おのずからそうなるべき宿命であったとも言える。

今順心はたった一人になってしまった。春禰尼という心の拠り所が永遠に失われてしまったのだ。

伊予の旅に出てから、もう一年以上が経過していた。来年の春には、春禰尼の故郷、三重県の伊勢に出立する準備をしている。尼の遺骨を持って、同行二人の旅に出るのだ。既に老院主を送り、何よりも大切だった春禰尼とも別れた。

順心は今、その哀しさを越えて、人間生き通しの命の実相を、ただひたすら心の眼(まなこ)でじっと観じながら、涙をふるって托鉢のため山門を後にした。順心六十二歳の初冬であった。

かつて尼からもらった結び文には

【朝まだき 紅葉の渓に 散る葉さへ 水に浮かびて 流れしものほ】としたためてある。

順心は机にむかって筆をとった。

【夕ざれの 風に押されて 行くわれに 雪降り掛かり つのる哀しみ】

そこには誰も知らない二人だけの心が残った。このあと順心がどのような生涯をおくったのかは定かではない。

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【庵主よりの一言】

ながきにわたってお読み下さり、心よりお礼申し上げます。この私も来春には、順心と春禰尼の足跡を辿る旅にでるつもりです。それではまたお会い致しましょう。ご機嫌宜しゅう、さようなら。