2014年12月2日火曜日

酔花 風酔 自然法爾のおきどころ・【男達の黄昏・・そして今(12)】(標高 1030 m)


【男達の黄昏・・そして今(12)】

 先生はこう言いました。自分たちは、共働きの夫婦であって一週間の内月曜日から金曜日は働きに出ています。日中はまずこの家は不在です。だから泥棒のターゲットにされれば確実に被害が出ると思います。『そうだと思いますよ、その為に今日お伺いしたのです。』と哲じい。『ソコデ、テイアンデス。コノマイハウスノ、オポジットサイドニアルオウチ、アキヤナンデス』。『オポジットサイドて?』『お向かい、対面のことです』と鶴さんが間髪を入れずに答えた。

 『ソノオタク、マイフレンドナンデス。イマアメリカカエッテイマス。キー、アズカッテイマス。ホラ』と言ってカギを見せてくれました。先生が続けてこう言います。『アノ、オポジットサイドデ、ウオッチングスルトイウノハドウデショウカ?』『そりゃグッドアイデアじゃありませんか!』と使い慣れない英語で答えたのは沼ちゃん。あそこからなら充分先生のお家が監視可能なんです。

 とは言え、そのような危険性がもしあるとすれば、まず先生のお家の戸締まりなど今まで以上に頑丈にしておく事が第一。家の裏手の勝手口辺りの戸締まりもしっかりとお願いをして、その日はお向かいの家のお庭まで入らせてもらい一応家の間取りなども見せていただいたのでありました。いくらお向かいの家が空いているからと言っても四六時中張り込んで見ている訳にもいかないのはみんな承知の上での事。空き巣ねらい撃退『X』作戦は大きな期待と、不安とが一緒になってスタート致しました。その明くる日は朝から雨でした。咲き出した桜の花びらを冷たい雨が容赦なく打ちつけ、いくらかはアスファルトの上に散って哀しい花模様を描いています。

 ちょうど小学校の正午を告げるチャイムが鳴り、子供達が昼食の準備に慌ただしそうに動き回っていた頃、『明石屋』の鶴さんが、岡持を持って学校に入っていきました。久しぶりの出前であります。学校にもお客さんが来られる事がある訳で、その昼食の注文が入ったからでありました。鶴さんは出前を終えて、軽四輪に乗って坂道を下って行きます。雨が降っているので注意をしていつもよりスピードは控え目であります。丁目のカーブを回り、3丁目の大きな桜の木がある公園の横を通りかかった時、東屋(あずまや)の中で雨宿りをしている一人の男に目が行きましたが、一瞬の事で通り過ぎてしまいました。それでも男の持っていたデイバッグに小さな人形のマスコットがぶら下がっていたのは、記憶の片端にかすかに残っていたのでした。

 鶴さんがお店に帰り着いた頃、その男は傘を広げてちょっと顔を隠すようにして上り坂を5丁目の方向に歩いていきます。一歩一歩回りの景色を確認するように、それでいて脇道などでは立ち止まって、じっと見つめています。5丁目の北の端、桜並木通りに一端出てそこから斜めに南のゴルフ場の方向に下って行くようです。なにやら小さな録音機を手にしてボソボソと話しかけています。それは周囲の家や目印、脇道、木などを歩きながら記録しているのかも知れません。

 地図はすでに頭の中にたたき込んであるのか、一度も見ていないようです。間もなく夕陽丘5丁目15-2番地、リチャード先生のお家の前を通り過ぎます。男は特に今までと変わった様子もなく、なにやら喋りながら行き過ぎました。坂の下で立ち止まり、傘を少し上げて先生の家の方向を眺めて、なにやら喋っていましたが、ニヤリと薄笑いを残してそのまま坂道を下って行ったのです。もう雨がやんで周りには薄日が射して来ていました。桜の蕾も一層華やかに開き出したようです。


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