2015年1月26日月曜日

酔花 風酔 自然法爾のおきどころ・【男達の黄昏・・そして今(24)】(標高 1064 m)


【男達の黄昏・・そして今(24)】

 『ああ、深沢です、先ほどはどうも。鶴さん、ちょっと聞きたいことがありますのや』『へい、なんだんねん。』『我々の集まりの件やが、これ警察は知っていますのか?』
『そらご存知です。必ず島田はんに事前連絡入れておま。前から頼まれてまんね』。
周さんはこれで納得出来ました。鶴さんに礼を言って電話を切りました。天宮真智子さんは、間違いなく本職の警察官であることを確信したのです。それで辻褄が合います。彼女の的を得た判断、質問、そして我々をうまく操る手法。ある意味では心強い思いがしたものです。でもこれは未だ推測の域を出ません。一度市警察を訪ねてみようと思いました。



 上沼幸三が明石屋で状況説明をしていた頃、宝沢市東雲町の、とある一室では男がなにやら準備をしていました。デイバッグの中に色んな道具類を入れております。目の前には地図が広げられてあり、所々に赤丸が見えます。この家から少し離れた空き地に軽トラが止まっています。荷台にはシートが掛けられて、大工さんか、左官屋さんのトラックのようです。男が近づいてきて車の運転台や荷台に頭を入れて何かを調べているようです。それが終わったあと男は近所の酒屋に入り焼酎を一本下げて出てきました。そのまま角の煮売り屋に立ち寄り、ソラマメの塩ゆでと、花イワシを買って立ち去りました。



 男は路地の奥にまるでとけ込んでいくかのように歩いて行きます。建て付けの悪い引き戸を開けて荷物を下ろすと後ろ手に錠を掛けました。タタミがすり切れている上がりがまちの部屋に腰を下ろしたのがちょうど夕方の6時頃でした。外は雨が降り出したようです。台所の小さな流しから縁の欠けた皿を一つ取り出しソラマメや花イワシを盛りつけます。大振りの湯飲みに焼酎を注ぎポットからお湯を入れ、ひと吹きして啜り上げました。酒精が五臓六腑に染み通って行くのを感じて、じっと目を閉じて頭を垂れています。軒のトタン屋根を打つ雨の音が侘びしい男の一人所帯を一層寂しくしているようです。その夜、彼は3才でこの世を去った一人の男の子の事を思い出して、流れる涙を拭おうともせず、焼酎をまた流し込んだのでした。



 数日後、620日のことでした。梅雨空が続いておりましたが、やっと朝から梅雨の中休みの好天気。夕陽丘5丁目もいつになく朝から犬の散歩に出掛ける人、慌ただしく洗濯をして布団までもベランダや庭に干す家々などで結構忙しそうにしていました。黄昏班のメンバーも朝から奥さんの手伝いやら、湿った家に爽やかな風を入れたりで何となくバタバタしていました。その時刻、夕陽丘4丁目の公園の植え込みの陰に一台の軽トラックが止まりました。どこにでもある白い普通の軽トラでした。荷台にはホロが掛けられてあり、近くの家の庭の手入れに来ている植木屋の感じです。



 運転席から一人の男がゆっくりと降り立ちました。上下は作業服、肩からズタ袋を下げ、足には地下足袋をはいています。無精髭を生やして、頭にはタオルを巻いています。腰には植木鋏、そしてロープ、庭の木の手入れに必要な小道具の入った布袋がベルトを通して腰にぶら下がっています。手に持っているのは、ステンレス製の軽量はしごのようです。松の木などにもたせかけて、それに登って枝をはらう為の「はしご」なのでしょう。それは植木屋の必需品です。

 耳に半分吸い終わったタバコをちょこっと引っかけて、スタスタと歩いていきます。5丁目のとある番地の近くまで来た時、男はその周辺を素早く見て回りました。今日のターゲットは既に決まっています。敢えてその家を無視するかのように歩いています。途中で擦れ違う人は、きっと仕事場の家を訪ねる植木職人だと思った事でしょう。

 人通りが途絶えた午前9時半。ある家の側まで来ると彼はおもむろにそのステンレス製のはしごを伸ばして塀の下に置きました。タバコを一服付けて、周囲に目をやります。はしごを今度は塀に立てかけて身軽に上って行くのです。そして素早くはしごもろとも、中の庭に降り立ちました。そして一息ついて今度はその隣の家に身を躍らせて入り込んだのです。それははしごを一気に引き上げての行動でした。
その素早さはまるで軽業師のようでした。

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