2013年1月24日木曜日

酔花 風酔 自然法爾のおきどころ・ジャズパブ維摩 20 <標高539m>



疾風真麻さんの、ジャモウ発見の朗報は一気に『維摩』に本格的な春の到来を思わせる明るさを取り戻させてくれたのです。今回の『ジャモウ捜索隊』の隊長は、なんと「株屋の浜ちゃん」、副隊長が「落語家の甲六師匠」渉外担当に「三味線屋の辰兄い」電話番に「マスターの私」そして後見人に「不思議な老人、庵主様」、お雪さんは「維摩のお店番」と、まあこんな大がかりな布陣でありました。

夕方から、ハヤマさんがジャモウらしき猫を見かけた三宮の北側山手、新神戸駅に近い神戸で最も人気のある観光スポット「北野エリア」へ出かけました。北野町と言えど結構広いのです。それと坂道、細い路地が至る所に走っています。

外人住宅や、大きな庭園を持つ外国施設など、なかなか一般人が出入ることもままならぬ場所も結構あるのです。それでも捜索隊は二人一組で精力的に行動しています。今では誰もが携帯電話を持っています。今どこにいるのかお互いにすぐ判ります。

もう夜も8時を過ぎていました。近くの公園に集まった捜索隊員はさすがお疲れのご様子。『あきまへんな〜、どうですちょっとこんな、まねごと』と言って、お猪口を口に運ぶまねをするのは、落語家の新在家甲六師匠。『誰が言い出すかと、待ってましたんですわ』と辰兄い。『どうでっしゃろ、ここいらで休憩、一服という事にしては』と甲六師匠。その時隊長の浜ちゃん、一も二もなく赤提灯を指さして、『あこや!!』。こんな事はほんとすぐに決まるものなんですね。

 疲れた身体に最初の一杯は堪えられません。『生き返ったで』とは辰兄いの叫びにもにた一声。『ところでジャモウやけど、どう思う?』と浜隊長。『なんちゅうても猫や、どこへでも入って行きよるで』『その通りや、甲六師匠の言う通り、奴らは人間にはでけん事しよるさかいな』。浜隊長も困惑気味。

その時、浜隊長の携帯が鳴った。『はい、浜です。いまのところ変わった事ありません』。実は大変わりや、全員沈没しています。『そうでんなあ、まあ、あと一時間ほど捜索したらそちらへ向かいます』『ロジャー(了解)』。

辰兄いが『赤い顔して維摩へ帰ったら、みんなの顰蹙を買うな』と言った。浜隊長もそこは良く心得たもの。隊員にはビール以外は飲むなと話してある。ビールなら、トイレへ一回行ったらそれで、完了と言うわけです。『そいでや、明日以降この捜索隊どうするや?』と隊長。

『もう時間の問題でっせ、きっと出てきます。ジャモウのこっちゃ』と甲六師匠。『ジャモウについてたもう一匹は確か三毛猫やったな』と、辰兄い。『あんたそれ商売にするつもりかいな。もしジャモウの恋猫やったらあきまへんで』『そんな事するかいな、あほらし』と辰兄い。ちょっと気落ちした感じである。

それから三日後の事です。三宮のセンター街を一人の男が歩いていきます。夕方の4時頃でしょうか。首には白いスカーフを巻き、ヤンピーのブレザーにジーンズ。頭にはヘリンボンのハンチング。なかなかのダンデーです。

センタープラザ西館の地下へ向かっています。彼の目的は、軽く夕食をとるためのようです。そこには、知る人ぞ知る、すじ玉丼の『糀屋』さんがあります。いろんな丼屋がひしめく神戸の地でも、ひときは異色なお店です。今まで何度も雑誌や地域のコミニテー誌に掲載され、テレビの取材も受けています。なにしろ楽しい明るいお店ではあります。味は一度食べたらやみつきになるのは必定。

白スカーフの男は、暖簾を分けて入りました。美形の女性がお客さんをみて『いらっしゃいませ〜〜』と言った笑顔がなんとも良い。おばさん風の優しそうなお母さんが、すじ玉丼を作っている。

白スカーフの男は、この店は初めてのようであります。注文した丼をしゃくしゃくと音を立てて食べています。その時でした、外で『ミヤ〜〜ア』と猫の鳴く声。男は身体をその声の方に振り向けた。男はその猫こそ、年末に『維摩』に立ち寄った時、自分の傍で眠っていたシャム猫、名をジャモウだと確信した。

しかしどうしてここにジャモウがいるのだろう。確かあの時マスターは『この子はほとんどここから出ないんです』と言っていたはずだ。ひょっとして何かあったのか?いずれにしてもこの猫はすぐ届ける必要がある。そう思った白スカーフの男は『糀屋』の娘さんに話しかけた。

 『リュックのようなものがありませんか?』『リュック?ええ!なんで?』そりゃそうだろう、突然初対面の男性よりこう言われると、だれしも怪訝な気持ちになるもの。

その時お母さんが、『奥に二つほどあったよ。でもあれはリュックでないよ、小さなデイバッグだよ』『それお借りできませんか?』そう言って男はかいつまんで事情を話した。毛がモジャモジャの猫がカウンターのあるお店に入って来た。

男は屈んで、猫を抱いた。『もう一匹いますよ、こっちは三毛猫だよ』二匹の猫は寄り添うようにうずくまった。どちらもアバラ骨が浮くほど痩せている。『糀屋』のお母さんがパンの耳を持ってきてくれる。外の通路で二匹の猫はそれを貪るように食べた。三毛猫の首に『すみれ色』のリボンが巻かれてある。泥で汚れているが、『ランジェ』と刺繍がされている。この子の名前であろう。どこから来たのかは誰も知らない。

二匹の猫、二つのデイバッグ。白スカーフの男はジャモウをデイバッグに、『糀屋』の看板娘さんが、三毛猫の方をそれに入れて背中にしょった。ちょうど店じまいの時間であり、海岸通りまで一緒に行ってくれる事になった。道行く人が二人を見て指さし、笑った。

近所の子供達が後ろを付いてくるのには閉口した。『糀屋』さんから『維摩』まで歩いて20分程度か。背中で、もごもご動く猫が殊のほか柔らかく暖かであった。

その頃『維摩』では仲間、常連が集合して、ああでもない、こうでもないと協議中であった。『看板娘さん、もうすぐですよ』と白スカーフの男。ジャモウが首を伸ばして、いつもの屋根を見つめた。スズメが3羽、驚いたように飛び立った。

『さあ着いたよ』そう言って男は、木製のドアーに手を掛けた。中から話し合う声が聞こえている。その時男は、聞き慣れた声に一瞬はっとしたようであった。



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