先ほど入って来た『雪女』は、にゅーめんを食べ終わり、焼酎のお湯割りを片手にジャモウの体を撫でている。なんとも気持ちよさそうにしているジャモウに私は少しの嫉妬心を感じた。
女が『タバコあります?』
と聞いた。ちょうど切らせていた。その時、浜ちゃんが『姉さん、銘柄は?』 と聞いた。女はセブンスターライトと答えた。浜ちゃんはポーチから新(さら)のタバコを取りだして渡す。女がお金を出そうとした。『いいよ、持っときな。パチンコの景品だからさ』
と格好をつける。
礼を言って女はタバコに火を付けた。後ろの壁に細身のシルエットが映る。浜ちゃんは、パソコンの画面を見ながら、その女の横顔をちらっと見た。彼の胸の内に男の情念が燃えたのを感じ取ったのは、人ではなく猫のジャモウであった。
いよいよ外は雪がきつくなってきている。通って行く車の中にはチエーンを巻いてジャラジャラと音を立てながら走って行くのもいる。ここは11時が一応の閉店時間である。浜ちゃんが何やら『雪女』と話をしている。女は途中、頷きながらタバコを吸っている。何やら相談がまとまったのか、二人は身なりを整えて帰る準備を始めた。
『浜ちゃん、大丈夫か?雪半端やないで』『いっしゅうさん、任せて下さい。この人神戸初めてやからサポートしますわ』『そうか、じゃあ気をつけてな』『マスター、有り難うございました。ほんと生き返りました。今夜は神戸でやっかいになります』。
そう言って小さく笑った。ジャモウが一声、ニャミュ〜〜とないた。庵主様なら、この意味はきっと分かったに違いない。
浜ちゃんはヤンピーブルゾンの襟を立てて、帽子を深々と被った。その女もコートの襟をあわせて長い髪の毛を首筋に巻くようにしつらえた。そして二人は雪の降りしきる深夜、神戸の街へ溶け込んでいった。角の街灯が二人を照らしていたがあっと言う間に見えなくなってしまった。
私はドアーを締めて、ロックをおろした。今日もやっと終わったと言う感じだった。やはり年を取ったものだ。疲れがきっちりと残るのである。私とジャモウ、一人と一匹の生活。いつまで続くというのだろうか。しかし今となってはジャモウは私にとって無くてはならない存在になっていた。
お互いにどちらかと言うと薄倖の身の上。その気持ちが通じあっているのだろうか。今夜はクリスマスイブ、久しぶりにワインを開けよう。ピンクキャップ1945年私の取って置きの一品である。芳醇な香りが漂う。ワイングラスに注いだ二つの内、一つは10年前の阪神淡路大震災で亡くなった妻への手向けである。
『雪女』か・・・今頃浜ちゃんはどうしているのか。どうせ三宮のラブホテルにでもしけ込んでいるのだろう。ジャモウがうっすらと目を開けて私を見た。その顔にはなんとも言えないいとおしさを感じる。彼のモジャモジャの毛足がストーブの炎に似て、まるでメラメラと燃え盛っているようであった。
その頃三宮からほど近い、花隈のホテル『エレガンス』では、浜裕次郎君は思いもよらない展開に頭をかかえていた。普段『株』しか扱わない彼にとって『雪女』との「涙の人生相談」など初めての体験であった。
大雪の夜、維摩(ゆいま)を訪ねた人たち、それぞれの人生を、老いも若きも精一杯生きていることだけは確かである。私は亡き妻の面影を偲びながら、気に入りのワインを含む。目を閉じていると、妻の笑顔が浮かんで来る。雪のように清らかな、後にも先にも私にはたった一人の女性であった。
ではまた。パルセローニヤ。(ジャモウ語でサヨウナラ皆様)
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