【男達の黄昏・・そして今(6)】
哲じいがビールを注ぐ。一気に喉に流し込む姿は、酒飲みの真骨頂である。周さんが一息ついたところで先ほどまで話していた事をかいつまんで説明する。頷きながら聞いていた周さんが、一言こう言った。『私どもで、私設夕陽丘自警団を作るという事でしょうね。面白いじゃね〜か』『そこでや周さん。あんたにたっての願いと言うのはや、今回のここ夕陽丘周辺の盗賊のデータ分析を頼みたいんや』と哲じい。
『データ分析? 盗人(ぬすっと)捕まえるのにですか?』『そうや、この一年間でこの夕陽丘だけで13件の泥棒事件が発生しとるそうな。さっき島田はんがここに見えてそう言うとられた』『それで警察はどうしてるのですか?』『察の旦那方も色々やっておられるらしいが、まだ捕まっちょらん』『そこでや周さん、この盗人には一つの特長があるらしいんや』と、哲じい。
『特長? それはまた・・』『例えば、13件の内10件が塀の高い家に入ってるんや。と言う事はやな、一端入り込んだら他から見えんちゅうこっちゃ』『はあ〜』『それと、必ず犬が居てる家なんや』『犬が居ると言う事は、彼らにとっては不都合では・・』と周さんが腕組みをして考え込んでいる。『そこやねん。やつら全て一般の常識の裏かいて来よる。こいつは相当知恵者でっせ』と、沼ちゃんがしたり顔で答える。『そこでや、これまでの傾向を洗い直してや、次のターゲットを絞りこんで。ほいで張り込もちゅう訳や』と、徳さん。
『なんか、面白うなってきましたね、う〜ん』と周さんが腕組みをはずした。
『ほんならもう一度交番所で詳しい事聴いて、データ入力してもろたらどないでっしゃろ』と、明石屋の鶴さんも乗り気であります。そうと決まったら門出の乾杯といこうと全員がグラスを上げた。
三月のある火曜日、『夕陽丘自警団・黄昏斑』は勇躍、3丁目の交番所の奥座敷、と言うても6畳一間に集まった。なんとそこには、市警察署の担当、部長刑事殿も同席されているではないか。島田巡査が、町の有志が犯罪防止に立ち上がるといった内容を会議で発表したところ、署の偉いさんがいたく感激して担当部長刑事を派遣したと言う事でありました。
『黄昏斑』の責任者は、哲じい事、山岡哲氏。データ分析担当、深沢周八氏。あとの3人は張り込み役、連絡係、食料担当となった。鶴さんが食い物の担当であるのは明白であります。この日の会議を忠実に再現してみよう。男7名(内2名現役の警察官)が車座になって座る。おもむろに部長刑事が口を開いた。
『今日は皆さんご苦労様です。私、市警察署の空き巣、泥棒専門の担当をしています香山雄三と言います。宜しく』と自己紹介があった。あの加山雄三とは似ても似つかぬゴリラ風、強面刑事である。ある面安心できるキャラクターではあります。
『この地域ではこの一年の間に、もう既に13件の空き巣、泥棒事件が発生しています。誠に申し訳ないのですが、まだ犯人を検挙するに至っておりません』と、深々と頭を下げた。山岡哲氏が後を受けてこう話し出す。『まあ警察の方々もご努力して頂いてはおりますが、なにぶん事件が多く大変だと思います。そこで市民、住民として何か協力出来ないかと考えた訳です』。正しい標準語である。いつものこてこての大阪弁ではない。
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