【ひかりと影のバラード】
早速仲間に問い合わせてみた。それによると小笠原文絵は、病を得て入院しているとの事だった。そこは糺の森近くの、S病院であった。彼が文絵を見舞った日は、この鬱蒼とした森にも微かに冬の訪れが感じられる日曜日の午後であった。
病室のドアーを開けた時、文絵は静かにベッドに起きあがって陶芸誌を読んでいた。北窓の姿を見て驚いたような仕草をしたが、下向き加減で微かに笑った。そして『ごめんね』とひとことだけ言った。
『いったいどうしたのですか? びっくりしましたよ』『ありがと、ちょっと胸が苦しくなって・・・。でももうだいぶ良くなったの、安心して』岳志の持参したバラの花に顔を近づけてその香りを喜んでくれた。少し頬が痩けているのが哀しかった。
『岳志さん、よかったらこれ使って』と言って小さな木の箱を取りだした。そこには、白檀のお香が入っていた。今度は岳志が顔を近づける番であった。幽玄な重い香りが鼻孔を擽った。
『文絵さん、先日出品しましたよ。ほら夏の日、ギャラリーでお話した白鷺の作品です』『そう、出来映えは?』『うん、自分ではこの五官で感じたままを、作り込んだと思っています』『よかった、おめでとう』『まだ、おめでとうは早いですよ』文絵も声を出して笑った。白い歯が晩秋の残照のなかでキラリと光った。
その姿は北窓が精魂込めて描き込んだ、白鷺の絵のように清楚で優雅でさえあった。無性に彼女をかき抱きたい衝動にかられた。『退院の日が決まったら連絡下さい。マロニエに伺います』。そっと彼女の手を握って強く言った。文絵の眼に涙が光るのをみて立ち上がった。
北窓は後ろ髪を引かれる思いで病院を後にした。ただ黙々と鴨川に添って歩いた。彼はその時、『結婚しよう、たとえ文絵さんがバツイチであったとしても俺にはあの人しかいない。まして年の差なんて』と強く思った。傍で二羽の白鷺が睦み合うように舞い上がった。京都の町にも木枯らしの泣く日がもうそこまで近づいていた。
「ひかりと影のバラード」、三日間お付き合いいただき有難うございました
ごん魔女さん作:灯りとりと小鳥 Presented by Jun
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