2012年2月7日火曜日

酔花 風酔 自然法爾のおきどころ ・言葉のアーカイブス <標高278m>

連載小説【あり地獄】7

三階でエレベーターが止まる、それも朝5時である。ドアーが開いて誰かが乗り込んで来た。宇野はボックスの右の方に体を向けて、目を閉じていた。エレベーターが動き出して一階のフロアーに止まる。宇野が体を捩って目を開けた時、そこには乗ってきたはずの何者かの姿はなかった。確かに人の気配がしてボックス内部の温度が幽かに変化したのも感じていた。


カウンターのベルを押す。カーテン越しに人の動く気配がしてホテルマンが現れた。眠そうな目で宇野を見た。『勘定を頼む』。男がパソコンを叩くと一枚のシートがプリントアウトされる。支払いを済ませてホテルを出る。その時、道路を隔てた正面のホテルの一室の電気が消えた。宇野は昨晩の事を思い出して駐車場まで疾走した。車に乗り込んで一気にアクセルを踏む。タイヤが路面を蹴る様な音とともに右折して郡山JTC方面に向かう。車は磐梯河東を過ぎ、猪苗代磐梯高原へと入った。磐梯熱海を越えて、郡山JTCより夜の道を東北道に走らせた。

あの時エレベーターに乗って来たのは、自分を追って来ている一味なんだろうか。せめて背格好だけでも見ておけばと後悔したが、そんな余裕は微塵もなかったのである。

朝の6時、まだ外は暗い。今日は一体どこへ行けば良いというのだろうか。その時宇野は昔のある一つの事を思い出していた。それは彼が三十代半ばの頃、ふと立ち寄った本屋で一冊の本を見つけた事にさかのぼる。それはオカルトの本とも思えたし、また超古代文明の謎といった分野の『ものの本』とも思えた。『カタカムナ文明の謎』と題された本を飛ばし読みしていた時、彼の意識の中になんとも言えない、幻惑的な波動が揺れ動くのを感じて衝動的に購入したのである。

それからというものは、『カタカムナ』にどっぷりと嵌ってしまったのだ。それは今から二万年ほど前、京阪神地方(六甲連山がつらなる辺り)に『カタカムナ人』が住んでいたと言う。彼らには素晴らしい能力があった。それは巨大な石を組んで建造物を拵える能力である。その本によると、エジプトのピラミッドの建設にも『カタカムナ人』の関与と技術指導がなされていたとの事である。

そして彼らこそ、日本の国に現在使われている、『カタカナ文字』の発明者でもあったと言うのである。宇野も始めは半信半疑で読んでいたが、いつのまにか、不思議とそう思えてきたのであった。『カタカムナ人』の信仰の対象になっていた山が、今、兵庫県西宮市にある『甲山』だと言う。それは、『神体山』と呼ばれ、研究者達は山そのものが人口のピラミッドだと考えているのである。

その『甲山』と同じ形(お椀を伏せたような半丸型)をした山が日本にもう一つあるというのだ。それは、『カタカムナ人』の心の故郷、秋田県と青森県の境にある『十和利山』なのである。その場所こそが『迷ヶ平』(まよがたい)なのであった。今、宇野を見えない糸で引き寄せようとしているのは、果たして『カタカムナ』の呼び声なのだろうか。言いようのない焦燥感に苛まれつつ、車はひたすら北へと向かう。はるか遠くの山が白く光っている。

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