連載小説 【あり地獄】10
宇野信二が長い間、心の中に秘めていた『迷ヶ平』、そしてそこに今も眠るカタカムナの遺跡群。全ての存在するものの中心、神体山『十和利山』。この念願の土地をこのような訪ね方をするとは彼自身思いもしなかった。
しかし反面、このような時であるからこそ『憧れの地』へ引き寄せられたのかも知れなかった。その頃白いセダンの男達も県道454を進んでいた。周りは深い森であり十和田湖に続く道であった。
『おい、奴は今どこにいるんや?』年配の男が、運転をしている男に聞いた。『調べてみます』そう答えてサングラスの男は機械を触っている。なぜかしきりに首をかしげている。『早くしろ!』年配の男がどなった。『機械が上手く作動せんのですわ』とグラサンの男。『ばかやろう。ここで動かんとはどういうこっちゃ?』車は徐行から行き違いの少し広い場所に停止した。
『位置取りが分からんのですは』『なんでや』男達のやりとりは混乱していた。昔からこの地域は、コンパスが狂ったり、方向が機械で掴めない場所が存在すると言われている。大地の奥深くに我々には計り知れない何か不思議なものが堆積しているか、眠っているのかそれは誰も知らない。しかし日本の中でもそのような場所は他にも存在する。
富士山の裾野にひろがる、青木ヶ原樹海は有名である。東西南北が磁石に正しく表示されない、それらを狂わせる不思議な理化学的な何かが存在することは間違いがないが、原因はいまも謎である。
二人の男達も大変な場所に来た事を感じて、鳥肌が立った。一瞬腰が引けたのであった。これからは宇野の車をチエックするのは困難になるだろう。自分たちが道に迷う事だって有るかも知れなかった。
擦れ違う車もない。その上、あたりにはガスが立ちこめてきた。ガスの濃淡さが進むに連れて、『濃密』に変わって行く。狭い道の片側は崖、もう一方は深い峪である。センターラインの白さだけが唯一の頼りである。しばらくすると車は側道に迷い込んだのか、白線もなくなってしまった。
黒ずくめの男達は、自分の人生の中で最も不安な時間と『死』を意識する事の恐怖に陥っていた。ここにも一つの『あり地獄』が口を開けて待ちかまえていたのであった。
宇野信二は『十和利山』を目標に走っていた。かすかに見えていた山容が序々に大きくなってきた。それはまさに『甲山』とうり二つの形をした『神体山』そのものである。神々しい、二万年以前のカタカムナ人の魂の故郷がまさに存在していたのだ。
彼は車を空き地に止め、必要最小限の物だけを身に付けて靴はスニーカーに履き替えた。ゴルフ用の皮手袋をはいた。そしてゴルフクラブを一本杖がわりに持って、鳥居をくぐって『迷ヶ平』に足を踏み入れた。
十和田高原の聖なる山『十和利山』について少し紹介しておこう。十和利神社の記述によると、十和田高原十和利山に日本最古の神を祭り、その麓の『迷ヶ平』、田代岱二里四方に、神孫ニニギノ尊が都せられていたと伝えられている。その頃の時代までは、十和田高原は気候も温暖で景観も美しく神秘的であったが、その後『戸来』(へらい)あたり噴火十度に及ぶともあり、或いは二十一度びに大地変動となり、あらゆるもの災害を被ったと記載されているものもある。
もとより年代に就いては不明であるが、日本の古文献には記載されているものもある。十和田高原の聖なる山『十和利山』についてはこう記されている。太古の十和田高原は、聖地としてだけでなく、金銀などの鉱物が多く採取され名実共に『黄金郷エルドラド』を演出していたと伝えられている。
『迷ヶ平』『十和利山』はもとより、『謎の石の聖典』で知られる、『ドコノ森』も黄金探索によって発見された不思議な一帯です。『十和利山』周辺はあまりにも山が深く、素人などは『迷ヶ平』のごとく、遭難の危険も多いと聞く。この鬱蒼とした聖なる山の山中にはまだまだ私たちの知らない太古の残像が遺っていることだろう、と。
『迷ヶ平』『十和利山』を目指して、単身踏み込んで行く宇野信二は、はたして恐怖の『あり地獄』にはまり込んでいくのだろうか。
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