2015年2月3日火曜日

酔花 風酔 自然法爾のおきどころ・【男達の黄昏・・そして今(26)】(標高 1069 m)


【男達の黄昏・・そして今(26)】

 なにもかも決め手に欠ける。空き巣に入っている所を現行犯で押さえた訳ではないからです。警察では、天宮婦警が持ち帰った『黒縁メガネ』を調べています。一応指紋の検証をしていますが、残念ながら指紋は発見できていません。またリチャード先生の犬を眠らせた、『小犬の縫いぐるみ』も鑑識に回して詳しく調べているらしいのです。一つ一つの遺留品や事実の検証こそ知能犯とも言うべき今回の一連の犯行の犯人検挙への必須事項でありましょう。



 キャサリン夫人は警察にこのように話しました。それは縫いぐるみについての事実です。『コノハンニンハ、ヌイグルミオタク?トイウノデスカ、ワタシヌイグルミノミエナイトコロニ、アカイイトヲヌイツケテオキマシタ。』

これはもし犯人が、ヌイグルミをどこかの施設に寄贈したときリチャード・ラスパート宅より盗まれた物であることが見て取れると思ったからでした。警察もこれは犯人検挙の決め手になるだろうと考えていました。



 深沢周八はこの空き巣が発生した数日後、宝沢市警察を訪ねるため家をでました。その頃天宮真智子も、朝の欅通りを急いでいました。二人が警察署の前庭でバッタリ会ったのは、まるで測ったようなタイミングでした。『あれっ、天宮さん!こんな所で。お早うございます。』『まあ、周先生お元気でした?』『ええ、まあなんとか。ところで天宮さんはどうして警察署へ?』『ちょっと用事があるものですから・・・。周先生は?』『香山さんにお会いしょうと思って。』『じゃまたいずれ、失礼します。』そう言い残して彼女は「宝沢市警察署」と書かれた大きなプレートが掲げられた建物に入って行きました。その時、警備をしている警官が挙手の礼をしたのを深沢周八は眺めていました。



 深沢周八は入り口の受付で用件を述べました。それは、香山部長刑事に面会したいという内容でした。しばらく待たされた後、受付の女性は、30分程で朝の会議が終わるのでそれまで待って欲しいとの香山部長刑事からの伝言を伝えました。30分ほどした頃、若い背広の男達が慌ただしく出掛けて行きます。色んな事件が発生しています。彼らはそれぞれの受け持ちの事件の聞き込み捜査に今日も一日走り回るのでしょう。周さんは、気持ち『ご苦労様』と彼らの後ろ姿に声を掛けました。



 『深沢さんお待たせ致しました、どうぞこちらえ。』振り返るとゴリラのような香山刑事がニッコリ笑って手招きしています。『突然すみません。どうしてもお話ししたいことがあって。』と周さんは礼をしながら言いました。小さな部屋に案内されました。そこはまるで取調室のようでした。でも椅子が柔らかい上等のものだったので、応接室だったようです。しばらく世間話をしていました。ドアーがノックされて一人の婦警がお茶を運んで来ました。普通の日本茶です。湯飲みを進めて、その婦警は顔を上げました。『ええっ、天宮さん? 貴女は天宮真智子さんでは?』『深沢さん、失礼致しました。実は私、この宝沢市警察署の警官なんです。』『やはりそうでしたか。今までのタイミングが余りにもドンピシャだったので、ひょっとしてと思っていました。』

 『さすがデーター分析の予想屋、周先生ですな。』と香山雄三部長刑事。『天宮君、君もご一緒させてもらいなさい。一緒に周さんのお話しを聞こうじゃないか。』深沢周八は今までの『黄昏班』の行動を香山部長刑事に説明しました。天宮さんが参加してくれた会議の事もです。そしてこの空き巣狙いの犯人が、本当の悪人ではないのを自分が感じている事も話しました。あの『山麓保育園』にこの犯人の足跡があるのではないかと言う自分自身の推理も付け加えたのです。香山雄三刑事は、『深沢さん、ありがとう。あなた方のご努力には頭が下がります。』そう言って、深く一礼をしました。天宮婦警も同様です。周さんは恐縮して、立ち上がって腰を折りました。

 『そこでですな、私どももあの保育園を調べているのです。』『先日私がお伺いして、園長先生にお会いしました。腹話術の男性が忘れて帰った黒縁メガネも調べてみたのです。』『そうですか、さすが警察は早いですね。』『でもまだ具体的な事は判明していないのです。』周さんはこの件について、なんとしても自分が手がかりを掴みたいと内心強く思っていました。香山部長刑事は、沼ちゃんが尾行して行った繁華街の路地裏の捜査を既に始めていることをそれとなく仄めかせました。

 いよいよ網は大きな枠から序々に絞り込まれていっているようです。香山部長刑事は、決して無理をしないように深沢周八にクギを刺しました。天宮婦警に、彼の相談に乗るようにも命じました。警察署より帰った周さんは、久しぶりに『明石屋』に黄昏班に集まってもらうよう、山岡哲に伝えました。六月も終わり近くの土曜日の午後、いつものメンバーが鶴さんのお店にやってきました。きょうは、リチャード先生、キャサリン夫人もご一緒です。お昼ご飯を共にしながらの会議が始まりました。徳さんが立ち上がって『先日はすみませんでした。私がもう少し早く張り込んでおれば・・・』『ナニヲオッシャルノデスカ。ワタシノホウコソオレイイワナイト。』と先生。

 『いや、あれはまともに張り込んでいても、阻止できなかったと思いますよ。』と周さん。『さあ、これからの事を話しましょうよ。』と哲じいが労うように言いました。周さんが一昨日宝沢警察署を訪ねた時の事を話しました。みんな驚いているようです。『私は山麓保育園をもう一度訪ねてみます。きっと何かが判るはずです。』と周さんが力強く話します。『それとこれは私の推測ですが、この犯人はもうこの地区へはやって来ない気がします。』『ソレハドウシテデショウ?』キャサリンさんが、頬を紅潮させて尋ねました。みんな、周さんの言葉を待っているようです。

『みなさん、私はこの犯人は根っからの悪人だとは思えないのです。山麓保育園へ縫いぐるみを寄贈したこと、子供達のところに腹話術のボランテアーに行った事。それと人に傷をつけていないこと。ただし心に傷はつけていますが。』『それは判りますが、なぜもうここに来ないと言えまんね?』と鶴さん。『あくまで勘なのですが、やはりあの不思議な文字、“X”こそそれを暗示しているのですよ。』全員周さんが言った事を理解できませんでした。一体 ”X”がどうなると言うのでしょうか。ここらが稀有の競馬予想家、深沢周八の理論に裏付けられた『直感』の世界でありました。

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