2015年2月18日水曜日

酔花 風酔 自然法爾のおきどころ・【男達の黄昏・・そして今(30)】(標高 1077 m)


【男達の黄昏・・そして今(30)】

 さて天宮真智子婦警は、香山雄三部長刑事の指示で「その男」の住まいを特定し、動静に目を光らせていました。今年のクリスマスイブに山麓保育園を訪問する、川上ノボルこと小田村敏夫を一連の夕陽丘5丁目空き巣事件の主要人物と考え、その捜査の網を絞り込んでいたようでした。しかしこれと言った決めてに欠けているのも事実であります。というのは犯人が証拠を何も残していないのと、盗まれた品物から足がついたわけでも無いのです。天宮真智子は唯一、リチャード先生の奥さんのキャサリンさんが『白雪姫と7人の小人』の縫いぐるみに秘かに縫いつけた赤い糸。これが最後の決め手になると確信していました。

 その頃リチャード先生夫妻は、愛媛県西条市に来ておりました。真夏の暑い太陽の下、歩き遍路の祈り旅。もうそこかしこに赤トンボが飛んで、青い柿の実がたわわになっています。今日の泊まりは、西条市「湯の谷温泉」のようです。愛媛県西条市、ここは町の至る所から清水が湧き出しています。地元ではこれを『うちぬき』と呼んでいます。地下水の自噴井(じふんせい)なんです。その数は市内全体で約二千本といわれています。一部は海中より噴出しているのもあるのです。全国百名水の内、愛媛県では『うちぬき』を含めて三ヶ所が選ばれています。石鎚連山に降った雨が長い年月をかけて地下の『天然ダム湖』にたまり、それが地上に湧出するのです。この地域ではミネラルウオーターは余り売れないのではと思います。いつでも、どこでも最高の水にありつける町。他がどんなに渇水しても西条市に給水制限などあり得ないのです。町全体が自然水道なんです。

  この町には湯の谷温泉があります。泉質は弱アルカリ性単純泉です。湯は熱く道後温泉に勝るとも劣らない名湯でしょう。始まりは第三十五代斉明天皇の御代と伝えられていますから、今から千三百四十年前です。 お遍路さんの定宿でもあり、このお湯にはお遍路さんの唱える『般若心経』がとけ込んで、お湯を使う人々を心底癒してくれるのです。リチャード先生も、ここにこそ日本の『国民的行脚のルーツ』があると思っていたようでした。沢山ある温泉ホテルや旅館の中でここ湯の谷温泉を選んだのはまさにその点にあったようです。けっして綺麗なお風呂ではありません。天井の高い、古びた石造りの湯船。モウモウとたち上がる湯煙、このあたりでは珍しい「湯の花」が揺れています。ここは知る人ぞ知る千三百四十年前の「天皇の隠し湯」であったのです。

 八月は入道雲がその背丈を低くする毎に、町には『地蔵盆』が近づいていました。これは関西地方では今も盛大に行われている『地蔵信仰』の祭りなのです。沢山の提灯が吊り下げられて、お地蔵様には色んなお供えが置かれ綺麗な涎掛けやお花が飾られて、子供達の賑やかな声が聞こえています。側の空き地に『水芙蓉』の花が薄水色に染まって晩夏の風に揺れています。まだ日中は暑い陽差しが照っています。お年寄り連中が床机を出したり、パイプ椅子に腰掛けて、四方山話に笑い声が響き、飛び交う『アカトンボ』を少し驚かせたりと、それは行く夏の一枚の風景画でありましょう。関西地方ではこの『地蔵盆』が終わると、秋の訪れが日に日に見えて来るというのです。残暑もそれなりの存在を示しますが、本番の秋の訪れには席を譲らざるを得ません。

 町を流れる川が海に注ぐ辺りの汽水域では、マハゼ(真鯊)がぼちぼち釣れ出します。ここ夕陽丘5丁目にも初秋の佇まいが見えだした頃、黄昏班のメンバーが明石屋に集まって何やら真剣な顔つきで話し合っていました。座長の哲じいがこう言いました。『皆さんのお陰で、最近は空き巣の被害もなく安全な町に生まれ変わったようじゃ。まあそうは言うても未だ犯人は捕まっておらんよって手放しで安心は出けん。』『それはそうですが、もうこれ以上被害にあう家は無いと思いますよ。これは時間が解決してくれるでしょう』。と周さんが立ち上がって言いました。

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【庵主よりの一言:この「男達の黄昏・・・そして今」の作者も、行く秋の侘びしさの中で、また霜柱の立つ厳冬の数日、よく『湯の谷温泉』に籠もって筆を走らせたものでした。炬燵に入って熱燗をちびちびやりながら、ひめ貝を炙って食べた思い出などが昨日のように甦ってまいります。まさにBack to the Past.であります。よって私は『湯の谷温泉』の泉質は『お遍路性般若心経清浄泉』と、勝手に名付けていたほどです。ま〜ゆっくりしていかんかいね。】

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