【男達の黄昏・・そして今(27)】
その年も暑い夏がやってきましたが、深沢周八の言ったように夕陽丘5丁目には空き巣も泥棒もやってはきませんでした。黄昏班のメンバーもそれぞれが普段の生活に戻っていました。一人深沢周八を除いては・・・。
子供達の元気な声がこの町にも響いています。夏休みの朝、NHKのラジオ体操に集まってくる子供達。朝近くの公園で体操が始まります。先生のような男性が前に立って第一体操、第二体操と進めて行くのです。終わったら子供たちの出席カードに『出』マークの判を押してやります。
6年生のお兄さんや、お姉さんに混じって1年生や2年生のまだ小さい子供たちも混じっています。みんな一列に並んで帰って行くのです。
6年生のお兄さんや、お姉さんに混じって1年生や2年生のまだ小さい子供たちも混じっています。みんな一列に並んで帰って行くのです。
周八は子供たちが帰った後、先導の先生らしい男性に挨拶をしました。この人は現役の先生ではありませんでした。元先生だったのです。学校を定年になって
今では子供達と野球をしたり、こうして朝のラジオ体操の指導をしたりのボランテイアー活動をしているとの事でした。
周さんは、奇特な方もおられるものだと感じました。その時、ふとひらめいた事があったのです。『そうか、あの男も今頃子供たちと体操をしているかもしれないな。』沼ちゃんが追いかけていったあの下町の朝の様子を頭の中で描いておりました。
明日にでも出掛けて行ってみよう。きっとなにか手がかりが掴めるはずだ。そう考えて自宅に帰った周さんは、パソコンを開けて、明日行く地域の地図を検索してみました。沢山の家が立ち込んでいます。その中に小さな原っぱのような空き地がありました。ラジオ体操はきっとそこで行われているに違いない。
朝早くでかけないと、そう思って周さんはその夜は早く床に就いたのです。お母さんが、心配して様子を見に来たほどでした。『明日朝が早いのでね』と言って周さんはもう眠りに落ちていました。
なにかぼんやりとして、辺りが薄暗い所に来ています。路地を抜けて行くと原っぱがありました。周りは食べ物屋のネオン塔などに囲まれています。朝が少しずつ明けてきました。路地の奥から一人の男がラジカセの様な物を持ってやってきます。どうやら今日の体操の指導員のようです。作業服を着て麦わら帽子を被ってメガネをかけています。無精髭が一層男の風貌を判らなくしているようです。子供達も集まってきています。近所の奥さん連中の姿もチラホラ見えています。
その中に一人の小さな男の子が立っています。なにか寂しそうな様子です。男はその子に近づいて行って、小さな縫いぐるみを一つ渡したようでした。その瞬間その男も子供も消えてしまったのです。まるで流れてきた霧が二人を包み込むかのように。
周八はそれが夢の中の出来事であると思いました。そのまま又ウトウトと睡魔の虜になってしまったのです。朝4時半に枕元の目覚まし時計が鳴りました。周八は母を起こさないようにそっと部屋を出ます。洗面をし、いつものジーンズを履いて、小さなデジカメをポケットに入れます。
スニーカーをはいて、外に出ました。もう夏休みも終わりに近いのです。辺りの景色もどことなく秋めいています。それでもひやっとした空気が、夏の日向の匂いを連れて流れてきます。
大きく深呼吸をして深沢周八は夕陽丘5丁目の坂道を下り始めました。4丁目の空き地の傍に電話ボックスがあります。それは今まで気が付かなかったのです。というのも携帯電話がここまで普及した結果、緑電話や黄電話はドンドン撤去されています。でもここにはなんと残っていたのです。
周八はあの日、リチャード先生宅に入った男は、ここから電話を架けたのではなかったのかと思いました。それは先生のお隣が留守かどうかの確認のための電話のはずです。お隣の奥さんは、急な用事が出来てたまたま9時から10時の間留守にしていたと話しています。だから男の掛けた電話に誰も出なかったのに違いありません。
それを確認してその男は計画通り行動を開始したのではなかったのか?そんな事を考えながら、1丁目の交差点の信号を渡ります。あの日上沼幸三が恐る恐る尾行して行ったその道を、周八は朝のラジオ体操の会場になるであろう原っぱを目指して歩いていました。工場の煙突の上に朝の太陽が大きく昇ってきています。まわりの木にはクマゼミの賑やかな声が聞こえ始めました。町はいつもと変わりなく朝の景色をみせてくれます。牛乳配達のバイク、新聞配達の自転車、そして体操会場に出掛ける子供達のさざめき。周八はそのひとかたまりの子供達の後ろから目的の会場に歩いていく自分をじっと内観していました。昨夜の夢の映像が甦ってきて『夢と現』(ゆめとうつつ)の景色が夏の朝に影絵のようについて来るのでした。
その時彼の脳裏に香山雄三部長刑事の声が聞こえてきました。『周さんけっして無理はしないように。』深沢周八はもう一度大きく深呼吸をした時、子供達が原っぱに入って行ったところでした。ラジオ体操の会場に着いてしばらくすると、麦わら帽子を被った男がラジカセを持って現れました。時間は朝の6時25分でした。その男を中心にして子供達が体操の出来るように広がりました。
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