2015年3月11日水曜日

酔花 風酔 自然法爾のおきどころ・【男達の黄昏・・そして今(35)】(標高 1084 m)


【男達の黄昏・・そして今(35)】

 牧場の施設で、チーズやバターの製造工程などを見学しました。みなそれぞれにお土産品を手にしてゲストハウスに帰って来たようです。大きな木製のテーブルにはランチが用意されています。全員揃ったところで、哲じいが一言挨拶をしてその後「地ビール・夢遥」で乾杯です。とっても美味しいサッパリとしたビールです。自家製ハムやチーズにとっても良く合う感じです。この牧場のもう一つの特徴は、シシ肉(いのしし)が有名です。この辺りの山には沢山の野生のイノシシが棲息しています。決まった時期に狩猟が出来るのです。そのイノシシの肉がとっても美味しいと評判なのです。寒い雪の降る日、このログハウスで大きな囲炉裏を囲みながらシシ鍋(ボタン鍋)をつつきながら、とって置きの地ビールを飲む。そうそう日本酒は池田郷の銘酒『呉春』に致しましょう。

 このハイキングが終わる頃には、そろそろ北の国からは雪の便りが届きます。黄昏班のメンバーは、『山麓保育園』のクリスマスイブの日にはボランテアーとしてお手伝いに参加するようです。 深沢周八は近い内に『心鏡院』に出掛けようと思っています。幼くして亡くなった小田村真一ちゃんのお墓詣りです。その日を1125日と決めていました。それは真一ちゃんの月命日であったからです。

 1125日、深沢周八は朝からなんと歩いて『心鏡院』に向かっていました。辺りはもう秋が深まっています。蓬莱川の川筋には、楓やイチョウの木が燃えるような晩秋の装いで迎えてくれていました。周八は、今日小田村敏夫がここにやってくるかも知れないと考えていました。彼の『競馬のレース』をよむ勘がこんな時まで役に立っているようです。それはメンタルな部分で小田村の心の中がよめるのです。リチャード先生宅に空き巣に入った(周八はそう確信している)小田村敏夫は、その後夕陽丘への空き巣はぴったりと止めている。と言うよりも、もう悪行から足を洗ったと考えた方がいい。あの男の子「ふ〜ちゃん」を見る彼の目は悪人のそれではなかった。慈愛に満ちた優しい目であると周八は思っていました。

 小田村敏夫の人生に、初めて訪れた心休まる生活。愛する息子、真一への供養と懺悔の心。周八は小田村の眼にその心の変化を感じ取った、というか嗅ぎ取ったと言った方が適切なのか、彼に何かが起こっている事が伝わって来たのでありました。菊や秋桜(コスモス)の花束を持って、周八は蓬莱川を上って行く。下からバスが追い越して行った。先月黄昏班のみんなと行ったハイキングが思い出される。あの時の天宮真智子さんの清らかな美しさに圧倒されて、目をはずした自分が恥ずかしくもあった。あの時、天宮が言った言葉が甦ってきた。『深沢さん、どうして真ちゃんのお墓の事を・・・』『なんでもないのですが、一度お詣りしようかと思って。』『そうですか、真ちゃんきっと喜ぶでしょうね。お母さんの愛も受けずに可哀想な短い命だったのですから』。

 昭和36年、小田村敏夫は一人の女性と心を許しあう仲になっていました。その人は同じ職場に勤めていた女性でありました。日本海の漁村から都会に働きに出て来たと聞いていました。その女性の名を、沢村加奈子といった。二人は明くる年結婚した。それはなにもない、誰も来ない二人だけの結婚式でした。そして小さな市営住宅に住まいをして、そこで真一が生まれたのです。

 敏夫は結婚した時、名ばかりの新婚旅行に加奈子を連れて京都「嵐山」を訪ねています。後にも先にも、一度きりの加奈子との旅でした。その時の新妻加奈子の喜ぶ顔が今も瞼に浮かんでくるのです。一人焼酎を呑みながら、加奈子と真一の事を思い出すのが小田村敏夫の日課になってしまったようでした。

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