【男達の黄昏・・そして今(39)】
山麓保育園では、園長の紺野美佐をはじめ谷水洋次アシスタントも朝から準備に追われています。子供達の父母も会場作りや昼食の準備をしています。黄昏班のメンバーは時間通り、12時過ぎに山麓保育園に着きました。途中で天宮真智子婦警も合流したようです。園長先生や父母が玄関で迎えてくれます。緊張して余り無駄口を利かない黄昏斑の面々でした。その頃天宮婦警は園長室で紺野と何か話をしていました。
小田村敏夫とふ〜ちゃん達の車も、山道を上って今着いたようです。谷水が駆け寄ってきて荷物を下ろすのを手伝っています。運転手の女性がふ〜ちゃんの手を引いて玄関にやってきます。小田村は深沢周八の姿を認めた時、微かに笑って頭を下げました。周八もなにやら頷いて一礼したのです。保育園から少し離れて、一台のパトカーが木の茂みの中にひっそりと隠れるように止まってエンジンを切りました。広いお遊戯室にはもう子供達が集まっていました。父母の皆さんも後ろの方で子供達を取り囲むように座っています。黄昏班のメンバーも舞台の準備をしたりクリスマスの音楽を流したりと結構忙しそうにしています。やがて楽しい昼食の時間になりました。黄昏斑もそれぞれ持参の弁当を食べながら、子供たちと話をしています。
ご飯が終わっていよいよクリスマス会の始まりです。園長先生が前に立たれて、クリスマスのお話しをされました。全員で『真っ赤なお鼻のトナカイ』の歌を合唱します。みんな元気に大きな声で歌いました。ふ〜ちゃんも顔を真っ赤にして歌っています。小田村敏夫は大きなバッグを肩に掛けて、ゆっくりと部屋に入ってきました。子供達が一斉にそのバッグを見ました。『ぼうや、こんにちは!』と口々に叫んでいます。みんなこの前の事をちゃんと覚えているようです。『良い子のみなさ〜〜ん。こんにちは〜〜。メリークリスマス』とバッグの中から「ぼうや」が叫んでいます。
小田村敏夫こと、「川上ノボル」は正面の椅子に腰を下ろしました。紺野園長がお礼の挨拶と、今日の楽しい人形劇のことをみんなに話しました。大きな歓声と拍手があがります。深沢周八はその様子をじっと眺めていました。小田村敏夫は心鏡院の帰り道、周八にこんな事を言いました。『今度のクリスマス、真一の写真を胸に入れて出掛けるつもりです。』と。そのとき敏夫の胸のポケットには、幼くして「山麓保育園」のこの場所で死んでしまった長男真一の写真を忍ばせていることでしょう。
『みなさ〜ん、こんにちは。ノボルちゃんで〜す。』『こら、わしの紹介さきにせんかい。主役はわしやで。』と「ぼうや」が柄悪く言いました。みんな大爆笑です。『そんな事言うもんじゃありませんよ。もっと上品にやって。』『これが地でんねん、ほっといてんか。みなさんお久しぶり、ぼうやでっせ!』。こんなやり取りがあって、「白雪姫と七人の小人」の人形劇が始まりました。白雪姫は「ぼうや」が真白いレースのドレスを着て演じています。
七人の小人達は、縫いぐるみの人形が音楽に合わせて踊っています。小田村の操り人形の技が冴えているようです。それにしても多芸な男です。眠りについていた「白雪姫」が小人たちの介抱で目を覚まし、その白いドレスを脱ぎ捨てて、ぼうやが『変身〜〜ん!』と言った時は、会場は割れんばかりの拍手と笑いの渦でした。そのときリチャード先生の奥さん、キャサリンさんは人形たちのある場所に縫い付けておいた赤い糸をはっきりと認めていました。
「川上ノボル」こと、小田村敏夫がみんなに向かってこう言いました。『可愛い皆さんメリークリスマス、これで私の人形劇を終わります。またお会いする日を楽しみにしています。みんなも元気でいてください。きっと、いつの日かまたここに・・・・。』そう言った時、彼の目から大粒の涙がポロポロとこぼれ落ちました。
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