【男達の黄昏・・そして今(38)】
季節は確実に冬に向かって進んでいました。もうその年も師走を迎え夕陽丘5丁目にも木枯らしが吹き荒れる日も何日かあったようです。クリスマスイブが10日後に迫った土曜日、午後から黄昏班のメンバーが『明石屋』に集まって来ていました。大切な話があると、哲じいよりの連絡があったのです。なにか緊張した空気が、お店を支配しています。テーブルの上にはいつもの寿司もビールもありません。お茶がおかれてあるだけでした。哲じいが立ち上がっての挨拶です。
『みなさんには師走の忙しい中、申し訳ありません。今日は我々黄昏班にとって大切な日であります。詳しい事は深沢周八さんより報告があります。周さん、じゃあ宜しく。』そう言って山岡哲は腰を下ろしました。深沢周八は、座ったまま話し出しました。それは一年近くこの黄昏班が対面してきた「空き巣犯」に対する吾らの動きとその結果についての現状報告でした。
彼は先日、「心鏡院」での小田村敏夫との二人だけの面談までを詳細に話しました。そして長年、夕陽丘一帯に入っていた空き巣犯が小田村敏夫であった事。そして小田村は既に悪行から足を洗っていること。クリスマスイブに山麓保育園で子供達に人形劇や腹話術を演じてくれる事。などでありました。『周八さん、よく小田村が自分が空き巣犯であった事を認めましたな。』と市村徳治郎が驚いた様に言いました。みんな一様に頷いています。リチャード先生はじっと腕組みをして何かを考えています。『シュウハチサン、コノアキスハンニンヲ、キャッチングデキタポイントハ、サマーノ、レイデイオ(ラジオ)タイソウデシタネ。』とリチャード先生は言いました。みんな何のこっちゃ、と言った顔をしています。
『先生よくお分かりになりましたね、私も今振り返って考えますと、あのラジオ体操の朝がこの捜査(?)のポイントでした。』と周八はハッキリと言いました。それは彼ならきっと子供達と朝のラジオ体操をしているとの周さん一流の直感でした。そこから新しい展開になって行ったのです。深沢周八は今年のクリスマスイブには黄昏班がボランテイアーで山麓保育園のクリスマス会のお手伝いをする事を提案しました。みんな心から賛成してくれました。そしてついにその日がやってきたのです。
12月24日、朝11時黄昏班のメンバーは夕陽丘5丁目のバス停に集まっていました。ここからバスに乗って、途中で山麓保育園行きに乗り換えます。一時間そこそこで着くはずです。全員弁当持参でした。その頃、天宮真智子婦警主任は私服を着てマンションを出ました。そして彼女もバスに乗って保育園に。宝沢警察署では、香山部長刑事より指示を受けた若い刑事二名、パトカーに乗り込んで警察署の門を出て国道を右に曲がって北へ向かって走り出しました。
11時30分、小田村敏夫は大きなバッグに腹話術の「ぼうや」と「白雪姫と七人の小人」を入れて、近所の原っぱの方に歩いていきます。そこには、小さな男の子が彼の来るのを待っていました。それは「ふ〜ちゃん」と彼が呼んでいた児童でした。どうやら一緒に山麓保育園に行くようです。子供の母親らしい女性が車を運転してやってきました。三人はそれに乗って保育園に向かいました。
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