連載小説【あり地獄】4
朝になって宇野のマンションには新聞記者や派の幹部達が集まって来ていた。ベルを鳴らしても何の応答もなかった。地下駐車場の宇野の車がなくなっている。すわ、有能な市会議員の失踪事件か!!
当人宇野は独身であった。両親はもうこの世にいない。ある面では天涯孤独といっても過言ではない身の上である。
そのころ、あのクラブで宇野と会っていた男達も全く予期せぬ展開に困り果てていた。いずれ警察が動き出した時、自分たちに捜査の手が伸びて来るのは必至であった。あの時なまじ現金を渡した事が命取りになるかも知れなかった。上層部にも迷惑がかかる。自分の立場を考えた時、男の龍の彫り物に戦慄が走った。
宇野と常に対峙している市会派閥の男達も、鬱陶しい雰囲気に包まれていた。今回の件には直接関係はないのだが、いずれは警察の事情聴取は間逃れまい、あくまで参考人としてではあるが。かかわりのある者たちは再来年の選挙が近いので困惑していた。一体宇野議員はどこにいるのだろうか。彼の動静は、生か、はたまた死か。思惑が縺れに縺れて、この事件は迷妄の奈落へと落ち込んで行く。
宇野はその頃、日本海沿いに車を北に向かって走らせていた。衣服は今着ているブルゾンとズボンそれのみである。まさに着の身着のままの外出である。これは外出といった軽々しいものでは決っしてない。彼にとっては、逃避行である。何から、何に向かって逃げているというのだろうか。自分の体の深奥からブツブツと吹き上げてくる黒い影のような恐怖心からであろうか。
高速道路の周りの景色すら全く目に入らなかった。途中、パーキングエリアに車を止めた。ゴルフに出かける時よく被る、深めのハンチングをより深く被って外に出た。海はどんよりとした黒い雲に覆われて、海岸には高い波が崩れ落ちている。
トイレに入り、それとなく鏡の中の自分の顔を見上げた。目の縁に黒いクマが出来ている。哀れなほど窶れた顔が自分を見つめている。白髪がずいぶん増えたような気もする。トイレを出て、お茶を買おうと自動販売機の前に立った。サイフから小銭を出して入れるとき、初めて金の事に意識が繋がった。
いつものサイフを探すも・・・無い。ズボンのポケットにも入っていなかった。車の中に残して出てきたと思い急いで車に戻る。ダッシュボードの中にも、後部座席にもそれらはみつからなかった。車はETCカードで走ってきている。幸い銀行カードが一枚、ある隠し場所に入れておいたのを思い出した。
一つの問題があった。それはいつもサイフに入れてある、健康保険証と運転免許証が無いことであった。ただそれらは、今すぐ必要な物ではない。当面の行動は、この銀行カードがあればなんとかなる。宇野信二はアクセルを踏んでゆっくり車を発進させた。それと同時に白い車が走り出したのを宇野は無意識のうちにバックミラーに確認していた。
もうどのくらい走って来たのだろう。新潟県に入って今や福島県の手前まで来ていた。もう陽は山の端に沈み、夜の闇が迫っていた。秋もいよいよ深まり、北の景色は初冬の佇まいである。宇野は新潟中央JCTから、磐越道に入り会津若松でゲートを出た。見知らぬ土地のためか、より慎重に運転をした。まして免許証不携帯である。尚更の事であった。
駅に近いビジネスホテルに車を止め、足早にホテルのカウンターへ入って行った。五分ほど遅れて二人のビジネスマン風の男がホテルのエントランスに着いたのを宇野はまだ知らない。
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