連載小説【あり地獄】2
どこかで黒い影が蹲っている。何かが起ころうとしているのだが、それが何なのかぼやけていてハッキリしない。宇野信二はこのところ結構忙しくしていた。市会議員になって今回で3期目であった。中堅という立場でそれなりの役どころにも付き、周りから一目も二目も置かれていたが、それだけに敵も多かった。
今回の調査も、彼の住まいしている市にとっては極めて重要な案件であった。どこの市町村でもこのゴミ処理に関しては問題山積みである。ゴミの処理を円滑に行うことは誰しも願っている。しかしその処理場が自分たちの居住区の近くにとなると、みんな口を揃えて反対を唱えるのである。
理由は、『ゴミ』と言う言葉の響きである。アレルギー現象だ。加えて車の通行量の大幅アップであろう。子供たちの通学時に危険が伴うといった理由がそれである。今日の技術では焼却による悪臭はほとんど出ないが、夏場などに処理場全体が発する臭いは風向きによっては何となくそれと分かるのも事実である。全国の自治体のクリーンセンター(ゴミ処理場)では、焼却の際に出る熱を利用して地域周辺住民にたいし、温泉施設や温水の提供をしている所もある。周辺住民へのせめてもの感謝とサービスであろう。
それはさておき宇野は若手の協力も得て、市議会での議論になるであろう新しいゴミ処理場の諸問題をまとめ上げた。再来年の春には地方選挙も行われる。彼にとっては今がまさに正念場でもあった。
そんなある日、役所のトイレに入っていた宇野は、ある話を聞くとはなく耳にした。他派閥の男が二人、何やら声をひそめて話している。それはこの市にある、有名私立中学校の事であった。『不正入学』といった言葉と、ある男の名前が断片的に聞こえてきた。
なんとなく聞き流していたのだが、その時宇野の胸中にはあのクラブでの不可解な出来事が思い出された。あれ以降男達からは何の連絡もない。完全にその話は宇野の脳裏から消えていたのである。それが今、ムクッと起きあがってきた。ぞっとして、一人トイレの中で、目を閉じて動揺を抑えようと試みた。あの時手にした茶封筒はそのまま机の引き出しにしまっておいた。
トイレを出た時さっきの男達はもういなかった。声の主がどこの誰かと言う事は仕事柄判明した。悪い事に、宇野とは主義主張が異なっている会派のメンバーである。何かあるとしつこく反論してくる中堅幹部であった。
今の話はうわさ話の域を出ない、唯単なるよた話しかも知れなかった。そう考えて自分の心の動揺を鎮めようと努めた。しかしそれならあの男の名前が出るのはどう考えればいいのだろうか。その時耳にした男の名前とは、クラブで会った男達の上層部に繋がっている、ある組織の大幹部の名前であったのである。
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