【冬枯れの林の中で 『空蝉』への誘(いざな)い】
木漏れ日の細い径を当て所無いまま散策をしていました。葉を落とした木の枝に今年の夏、精一杯鳴き終えて消えていった蝉の抜け殻を見つけました。葉が茂って朝の太陽の出る少し前に、この場所で羽化登仙(うかとうせん)したのでしょう。
白い絹のような羽根が、夏の風に撫でられて序々に透明に変わっていく秘め事を見た者はいなかった筈であります。『空蝉』、この言の葉こそ『空虚、虚しさ、寂しさ、哀しみ』など日本人の心の『戸惑う様』を言い得て妙でありましょう。
古賀政男、作詞・作曲『影を慕いて』の3番の詞の中にみられる。
君故に 永(なが)き人生(ひとよ)を霜枯れて
永遠(とわ)に春見ぬ 我が運命(さだめ)
ながろうべきか 空蝉(うつせみ)の
儚(はかなき)き影よ 我が恋よ
この歌は、愛する女(ひと)に失恋をして、燃えるような情念の滾(たぎ)りが歌い上げられています。それは昭和の名曲であると同時に、日本人の心の中、奥深くにいつまでも流れ続ける哀歌(エレジー)でありましょう。
空蝉とは、『源氏物語』五十四帖の巻き、第3帖に登場する女性で、十代の頃に源氏の君と知り合い、影響を与えました。名前の由来は、求愛に対して一枚の着物を残して逃げ去った事を、源氏が蝉の脱け殻に託して送った大和歌(和歌)から名付けられました。
その生涯はかくの如くであります。(ウイキペデイアより抜粋編集)
『空蝉』は後ろ盾となる父を早くに亡くし、後妻を探していた伊予の介の元に妻として引き取られて、地味で堅実な生活を送っていました。ある時、彼女の噂を聞いて興味本位に方違と言う名目で訪問してきた『源氏』と情を通じてしまうのです。
魅力的な『源氏』の求愛に惹かれながらも、彼女は、身分が釣り合わない立場であることを理解しており、二度目に寝所に忍び入られた時には一枚の着物だけを残して逃げ出していました。その後、いくら掻き口説かれても振り向きもせず、夫に従って京を離れました。
皮肉にも、傲慢な貴公子であった『源氏』にとって、『空蝉』の拒絶が彼女を忘れられない存在にしたのです。『源氏』は彼女の弟を手元に引き取り、後には尼となった彼女の生活を助ける事となったのです。
主だった登場は『帚木』『空蝉』『関屋』の3巻のみであります。
いかがでしたでしょうか、『空蝉』(うつせみ)。なんという繊細な心に響く言葉(ことのは)でありましょうか。
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