北の地方ではもう雪が降ってストーブの暖かさが部屋の中で睡魔を誘っていることでしょう。神戸海岸通り旧居留地 煉瓦路西入る、ここ『ジャズパブ維摩』にもいよいよ北風の吹く季節がやって来ました。
そろそろ街では、歳末商戦が始まる頃になった。神戸の街ではあのいまわしい阪神淡路大震災の後、傷ついた人々の心の癒しと、速やかなる復興を願って、『ルミナリエ』が始められた。この時期、光のシャワーの中を歩む人々は五百万人を越える。この『ルミナリエ』は年末の神戸の街によく似合っていて素晴らしい。
そしてクリスマスがやってくる。大震災で壊れていた、神戸大教会も来年には再建されクリスマスのミサはさぞ荘厳にして、信者の皆様の歓びで包まれる事でしょう。『維摩』のある旧居留地は、繁華街から少し離れているのでその賑わいは直接伝わっては来ない。船の汽笛と、霧が流れていく囁きのような波動が部屋の隙間から忍び込んでくるだけである。
チロチロと青白い炎を上げながら燃える薪の火に、厳しい冬の訪れを感じて、ホットウヰスキーに浮かべたチョウジの香りが脳細胞の一つ一つに酒精を運んで来る。今日は12月24日、クリスマスイブである。朝から北の六甲連山には雲が厚くかかって、冷たい六甲おろしが元町からこの煉瓦路までビルの間の風道を吹き下ろしてくる。
ジャモウはストーブの横で、眠ったままウンともスンとも言わない。そんな午後、冷たい風に押されるかのようにドアーが開いて、作務衣姿の庵主様が入って来られた。その瞬間、ジャモウの耳はピンと立ち、長い髭が震えた。そしてもう起きあがっている。
『いらっしゃいませ、今日はお早いですね』『ああ、ちょっと用事があってね。途中寄り道をしておった』『外はお寒いでしょう?』『いっしゅはん、今夜はまっこと雪になるぜよ』。庵主様は、父方が四国高知の出であるとの事で会話の中に土佐弁が混じることもままあるのだ。
『ホワイトクリスマスを迎えるわけですね』『ずいぶん昔のことじゃが、学生の頃あれは原田の森の上筒井学舎でのイブの礼拝、懐かしい良い時代じゃったな』。そう言いながら、庵主様は膝をなめ回しているジャモウを撫でている。まるで自分の孫をいたわるかのようにである。
『寒いよお〜〜、ううさむ』。と大きな声でドアーを開けたのは、ハヤマさん事、疾風真麻さんである。『いらっしゃい、どうしたのこんな時間に』『阪急六甲の近くの孤児院で今夜クリスマス会なの』『へえ〜、ハヤマさんえらいんだ』『あっ、今晩は庵主様、お久しぶりです。毎年の事なんですよ』
と疾風真麻は、ほっぺたを真っ赤にして子供のように笑った。優しさと清らかさを兼ね備えた素敵な女性である。今夜その孤児院でクリスマス劇を上演するのだと言う。
『いっしゅうさん、今夜の劇、ネコが出るんだけどジャモウ借りれないかしら?』『ジャモウを!そらあかんわ、こんなグウタラ猫、なんの役に立つかいな』『そうお・・駄目え?ジャモウ君だめだってよ!』 とジャモウの耳元で話す。
『ワイも孤児やで、なにするのか知らんけど、なんな様なら行ったろか』と言っているのだが、それは誰にも聞こえない。『いっしゅうさん、ジャモウまんざらでもない顔しとるぜよ』『庵主様そんなん、わかるんですか?うっそう〜』
と大げさな身振りは、ハヤマさん一流の宝塚バージョンである。
Imagined by Jun
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