港神戸の細い煉瓦道に夜の帳は下りました。外は相当冷え込んでいるようです。
お客は、新進気鋭(?)の落語家、新在家 甲六さん。賑やかな人です。『いっしゅうはん、熱いのつけてや。早やまくで頼んまっせ』
とうるさい事。
『今晩は、庵主様。それから、ええ〜と、あんたはんは誰やったかいなあ。う〜んそやシッペはんや』『師匠、いややわ、シッペとちがいます。しっぷうと書いて、ハヤカゼと読みますの。ハヤカゼ マオです』『いやあ〜堪忍、堪忍。わたいいつも高座でしっぺえしてるさかい、つい』。
『師匠、熱いよ、気いつけて』『おおけ、有り難う』。そう言いながら、甲六さんは猪口を口に運んだ。まるで、高座でやっているのと同じ仕草である。『うわ〜、きゅう〜っと五臓六腑に染み渡るで、ええ酒や。庵主様一杯どうです』『私はこれですよって、気持ちだけ』『その透明の酒、なんだんねん?』『これか? ジンや』『ジンて、あの松ヤニのジン?』『そうや、松ヤニのジンじゃで』。
『これ燃えまっしゃろな』『そら火はつくじゃろう、けっこう度数が高いからな』。この男、
師匠とは呼ばれているが、それはこの『維摩』の中だけである。普段は、『甲六!』と周りから呼ばれている。まだ一人前にはなっていない。
私は、殻付牡蠣を二つ取りだして、口を開けて海水を落とした。ほんの少しケチャップをのせて師匠の前に出す。仄かに汐の香りがする。的矢から今朝届いたばかりの上質の牡蠣である。今から大寒の頃までが、一番美味い時節である。師匠はまた落語の仕草でその重厚な牡蠣の身を頬張った。ケチャップの酸味が的矢の牡蠣の風味と絶妙の和合(ハーモニー)を奏でる。
今師匠の前に出した酒は、大阪は池田郷の銘品、『呉春』の特選である。この酒の旨さは、味わった者しか分からない。当然であるが、深い地面の底から自然に湧き出したかのような切れがある。それでいて地酒の持つ『頑固さ』は堅持している。色んな酒を扱って来たが、ここに納まったような気がする。とは言え、これは私個人の肩入れが、大ではあるが・・・。
『先生』と 突然甲六師匠が庵主様を見て言った。『私が、先生?バカなことおっしゃるな』。庵主様は気色ばんで答える。『先生でっせ。なんでて?
わたいら、色んな人と付き合うてまんねや、庵主様が本書いてはんの知ってまっせ』『師匠それ、ほんま?』
とハヤマさん。『ほんまも嘘もあるかいな。先生これで結構有名でっせ』。庵主様は、黙して語らず、だんまりを決め込んでいる。
庵主様は、ただの隠居の身なのに若いのが二人してああでもない、こうでもないと勝手な話。ジャモウはオシッコに行ったのか薪束の上にいない。外ではどうやら雪が本格的に降り出したらしい。『元気でジャモ〜レ』(ジャモウ語で軽い挨拶、またね〜)。
0 件のコメント:
コメントを投稿