2013年7月14日日曜日

酔花 風酔 自然法爾のおきどころ・蓬莱渓谷の一夜(其の一) <標高 673 m>


庵主の「懐かしの脚本」から放送用ドラマとして『有馬郡 蓬莱(ほうらい)渓谷の一夜』を、4回のアップでお届け致しましょう。この作品は今から5年前に書いたものです。史実に基づいてはおりますが、ドラマタイズメントな作品にアレンジしております。

明治20年頃の兵庫県武庫川渓谷、今の宝塚市生瀬附近でのお話であります。それではお楽しみ下さい。

登場人物:英国の実業家 クリフォード・ウイルキンソン
    :蓬莱渓谷に庵をむすぶ山家の男

【有馬郡 蓬莱渓谷の一夜】

<導入曲 心の癒し・鵲橋(かささぎばし) 序々に音をしぼり 消える


【ここから語りが入る】

ここ武庫川渓谷に添った生瀬一帯は当時、未開の地と言っても良いほどの山林でありました。この話は今を去ること125年ほど前、明治二十二年頃のことです。英国人クリフォード・ウイルキンソン氏が兵庫県有馬郡塩瀬村生瀬へ狩猟に出かけた折り、山の中で道を踏み間違えて、蓬莱渓谷に迷い込んでしまいました。お話しはここから始まります。

<水の流れる音・雨音・雷鳴がしきりと鳴り響く

(ク) 『水の流れる音が聞こえる。どうやら川が近いようだ。・・・おや雨が降ってきたぞ、雷も鳴り出した。早くしないと日が暮れる、そうなったら大変だ、この寒さじゃ、助からないな』

<そう言いながら、クリフォードはふらふらしながら歩いています>

(ク)『あそこに見えるのは、たしかに人家の灯だ。だれか住んでいるに違いない。神よ我を助けたまえ!』

<そういいながら戸をノックする> 

(ク)『グッドイーブニング、コンバンハ。どなたかオラレマスカ?道に迷って困っております。ちょっと休ませていただけませんか?私、英国人の、クリフォードといいます』

<再びノックする>   入り口の木戸を開けて、中から男の声>

(主)『今頃、誰じゃな? ん〜ん、何じゃと、ええ? 英国人とな。まあ良かろう。寒いじゃろう、さあ中へ入れ』

<男は言われるまま座敷にあがります>

 (主)『おう、そこの囲炉裏のそばがええ。座布団なんて気のきいた物はなにもないがの。ああ、その毛皮のことか?それはワシが去年の冬に仕留めたシシの皮じゃで。ちょっとゴワゴワしとるが結構、温(ぬく)いのじゃよ』

<山家(しゃんか)の主人はヒゲ面を撫でながら話す>

(ク) 『ソウイエバ、少しビースト(獣)のニオイがしますね』
(主)『ほうじゃろ、山家の事じゃ、獣とは同居じゃよ。客人、腹も空いておろう。さて今夜はなにを喰(くら)うとするかな。う〜ん・・お前、シシの肉(み)はどうじゃ。よう温もるぞな。酒を段取りするでの〜、そこで火にあたってまってろや』

 山家(しゃんか)の主人はおもむろに、そばにあった二合どっくりに酒をついだ>

(主)『クリとやら、このとっくりを、鉄瓶に沈めろや』
(ク)『このケトルに、ですか?なんでこんな事、するのですか?』

<そう言いながら湯にとっくりをつける。それはブク・・ブクと音を立てておさまった>

(主)『日本の酒ちゅうのはな、燗をすると、うもうなるのよ。お前の国ではそんなことせんのか』

(ク)『ソウデスネ、ホットウイスキーでしょうかね』
(主)『ほう、やっぱりやるのか』

 酒の燗が出来上がるまでに、主人が山から採ってきた野生のワサビと、葉と茎の漬け物を膝の前に置く主人はそれに手作りの醤油を少しだけかけて、酒の燗が出来上がるのを待った>

(ク)『マスター、これなんですか?』
(主)『マスター? なんの事じゃそれは』
(ク)『ご主人ノコトをソウイイマス』

(主)『ああ、それは野生のワサビじゃ』
(ク)『ワサビ? コレハ英国ニハアリマセン。コレ、蘇鉄の子供ではないですか?』
(主)『ほ〜う、そう言えばよう似ておるの、お前上手いこと言うな。わしが天然のワサビ沢から採ってきたのじゃ』

 <主人は話しながら竹で編んだ大きめのザルに、手の切れるような熊笹を敷き、その上に、シシの肉(み)を無造作に並べた。ぼたんとはよく言ったもの、まことに美しい>

 <囲炉裏の火は綺麗なオレンジ色だ、時折青い炎が揺らめいている。そのうちに、ちょっと熱めの燗酒が出来上がった>

(主)『おう客人、まあ一杯やれ〜や』

<縁の欠けた大振りの湯飲みが、注がれた酒の熱を吸って、微かに白いかぎろいを纏(まと)う>

ク)『サンキュウ、アリガトゴザイマス・・・う〜う、うまい。ご主人、このお酒美味しいですね』
(主)『ほうか、旨いか。なにも無いがまあ遠慮せずやってくれ』

<そう言って山家の主人は独酌で酒を胃の腑に流し込んだ>


2 件のコメント:

  1.  兵庫県塩瀬村生瀬という奥深い渓谷の山家で英国人と一人住まいの老人が出会うところから始まるのですね。道に迷って困っている見ず知らず人間を招き入れて、酒を酌み交わすという人間同士の交流がテーマになっているのかな。今後の話の展開が期待されます。

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  2. 小川 洋帆 様

    お早うございます。

    読者になっていただいてまことに有り難う御座います。
    いつの世も、難渋している人を助け、導くのは、人のあるべき姿でしょう。

    自分が『さまよいびと』の立場に立った時、どんな気持ちになるのかいつも問いかけています。

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