2013年7月21日日曜日

酔花 風酔 自然法爾のおきどころ・蓬莱渓谷の一夜(其の三) <標高 680 m>


【有馬郡 蓬莱渓谷の一夜】

       登場人物:英国の実業家 クリフォード・ウイルキンソン
                                      :蓬莱渓谷に庵をむすぶ山家の男


<音楽:雪の白馬岳 適当に音量を落として止める>


<主人が囲炉裏に炭をついでいる。一般に使っているような切り炭ではない。山で焼いたそのままの大きさのものを、ドカッと入れるのである。ちょっと煙が出たが、天井を抜けて屋根の茅(かや)が何事もなかったかのように、すべてを吸い取ってしまう。



佃煮がでた、イナゴである。そのままの姿を残している。新米を食べて大きくなったイナゴ、自然の恵みその物である。主人が山の中で採ってきた、きのこの入ったベチョタレ雑炊。小さな柴栗がなんとも言えない甘さを抱いている。体の芯から暖まってくる。>



<その時夜の空を不気味に引き裂く声をあげて、なにかが飛んだ。ごぎゃあ〜の鳴き声>



(主)『夜鷹じゃろ〜て・・・今夜は大雪じゃ』


<ポツリとそう言いながら主人はまた一人酒を酌む。>

(ク)『ご主人、アナタノ、ファミリー、ご家族は?』

<と言いかけてクリフォードはハタと口を噤(つぐ)んだ。それは言いようのない寂しさが主人の顔を過ぎったのを、見たからであった。>

<ふとした事から蓬莱渓谷に迷い込んだクリフォードは、草深い山家の主人に許されて、その夜、囲炉裏をかこんで自然の幸をふるまわれたのだ。酒がすすむにつれて、山家の主人の悲しい過去が、少しずつ口をついて出てきた。主人の年齢は、その風貌から推し量ると六十五歳から七十歳辺りか。髪はまっ白、顔半分は白い髭に覆われている。眼光は鋭く、まるで鷹のような厳しさが感じられる。

それはまさに狩猟をする時の「狩人の目」であった。着古した刺し子の着物は、肩に羽織った鹿の毛皮にしっくりと馴染んでいる。囲炉裏のある部屋には装飾品の類(たぐい)は何もない。主人の背後に猟銃が三丁、鹿の角で出来た鉄砲架けに安置してある。どれも油でしっかりと磨き込まれ、黒く光っているのがわかる。

その横には山女魚でも釣るのだろうか、年代物の釣竿が無造作においてある。それからもう一つ、まるで長刀(なぎなた)のような大きな鎌が見える。刃物の部分が二尺ほどの代物で、そこには分厚い馬革の鞘(さや)が施されている。

藪をはらったり、時には熊や猪への威嚇に使用するのだそうだ。山家の灯りは、一つ、二つのランプを灯しての生活である。火は常に囲炉裏の中から消えることはない。これは春夏秋冬、三百六十五日全く変わりがないと言った。煮炊きも全てこの囲炉裏で済ませてしまう。

その為の炭や薪は、全て主人が一人で準備している。山家の床下は自然の貯蔵庫になっている。米、味噌、芋、豆類、干し肉、干し魚、そして自家製の酒などが、しのべられている。大きな袋には薬草が種類別に保管されている。炭や薪は近在の村人に売ってもいるとの事だ。シシ肉やキノコと同じくそれは彼の数少ない収入源らしい。

水は山奥からの湧き水。これはどんなに大雨が降ろうが、干天が続こうが、一切濁る事も、また水量が変化する事はない。何百年間も続いている大自然の恵みなのだそうだ。>

(主)『客人よ、酒に酔うたなら、この水を飲めや』

<そう言って山家の主人は一杯の水をクリフォードの前においた。>

<その水を飲んだ時、英国人・クリフォードは飛び上がらんばかりに驚いた。それは今までの酒が一気に覚めてしまう程の驚きであった。>

2 件のコメント:

  1.  最後にクリフォードに山家の老人が飲ませてくれた「水」がどんな水なのか大いに興味がありますね。クリフォードが驚嘆した理由は何か。次回が待ち遠しいですね。

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  2. 小川 洋帆 様

    お早うございます。コメント感謝します。

    今でも地方の山の奥深い場所に住んでおられる方の生活は、明治の初め頃とそう大きな差はないかも知れませんね。テレビも映らず、携帯電話の電波も届かない地はありますものね。

    自給自足の生活が出来れば、素晴らしいと思いつつ、日々生活しているボクですが・・・・

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