浜夫妻を乗せたタクシーは今しも煉瓦路の手前に差し掛かっていた。
泊雄二は潮の香を吸い込みながら、水上警察署付近を歩いて行く。ダッフルコートを着た男二名、確実に目標(ターゲット)を指呼の間に入れた。ビルの蔭にパトカーが二台それぞれに位置を決めて待機した。
浜夫妻のタクシーが海岸通りを右折して煉瓦路へ入って今日の披露宴会場『ジャズパブ維摩』の前に止まった。
その時だった。二人の刑事はその男を挟み込むように取り囲んだ。岩城刑事が『泊雄二さんだね』と声を掛けた。男は首を挙げて刑事を見た。虚ろな目であった。暫く無言でいたが、『ハイ』と小さく答えた。
『殺人未遂容疑で逮捕する』と岩城刑事が令状を呈示した。その瞬間もう一人の刑事が手錠を打った。手首にかかったその音と、動作は周りの誰も気付きはしなかった。
男は促されて歩いていく。パトカーが煉瓦路入り口に進んで来た。後部座席に滑り込むように乗り込む。両横に厳(いか)つい刑事二人。一人が県警本部に連絡を入れる。
浜裕次郎はタクシーを降りた。あとに続いて暁子さんが手を取られて降りようとしている。その時、泊雄二の虚ろな目に暁子の姿が浮かんだ。今しもパトカーがスタートしようとしていたその時、岩城が運転手に言った。
『ちょっと待ってくれ、無線機を出しておく・・・』そう言ってなにかポケットを探る仕草をした。泊雄二は、はっきりと嘗ての妻、暁子の晴れやかな姿をその目に焼き付けていた。それは気仙沼の秋晴れの景色の中に溶け込んで行くかのようであった。
『さあ、出してくれ』岩城がおもむろに言った。パトカーは煉瓦路入り口から離れた。泊雄二は後ろを振り返ったが、背筋を伸ばして座り直した。もう何も思い残す事はなかったのである。
会場『維摩』の扉が開いて、浜夫妻が入って来た。全員の祝福の拍手と歓声。ジャモウやランジェも座って二人を見つめている。直前に泊雄二が逮捕された事を暁子は知る由もなかった。
地元のK新聞に、全国に指名手配されていた犯人が神戸旧居留地海岸通りで逮捕されたと言う小さな記事が載っていた。二人の今の幸せが、その事実さえも霧の中に隠してしまっていた。私が浜夫妻に連絡して初めて知ったようであった。
披露宴が終わって、みんなが帰ってしまった『ジャズパブ維摩』には、ジャモウとランジェと私だけになってしまった。
庵主様 作・演出のミュージカル『裏町に燃えて』は好評にて会場は小さいながらも毎日満員らしい。疾風真麻さん、安曇川麻沙美さんも嬉しい悲鳴であった。
新谷誠さんは、新装間近い、みちのく割烹『気仙沼』の開店準備に余念がない。
庵主様はと言うと、フラナガン社長の要請で『トラデイショナル倶楽部六甲』のプログラム・コンダクターになっておられた。若いピチピチギャル、海原沙織里さんと楽しそうにレッスンの打ち合わせ中。いやはや、お若いことだ。何が人畜無害なものですか。
あっ、三味線屋の辰兄の事を忘れておりました。猫の皮を求めてモンゴルへ行ったとか。これからもジャモウやランジェから、『しかと』されるのは目に見えているようです。
『暁子さ〜ん、朝ですよ〜。さあ起きて!』浜ちゃんちでは、浜千鳥婆さんの元気な声が響いています。
さあて、私も少しお休みを頂いて温泉にでも出かけますか。ああジャモウとランジェは、「糀屋看板娘さん」が預かって下さるとか。そうだ、松山だ!芹沢ファームを訪ねてみよう。むしょうに信二と祇乃さんに会いたくなってきたのでした。
長らくご愛読頂いてきました、『ジャズパブ維摩』はその第一部を本日をもって終了させていただきます。またいずれ第二部にてお目にかかる日もあろうかと思います。どうか皆様、お元気にてお過ごし下さい。
『ジャズパブ維摩』では、これからも皆様のおこしをお待ち申し上げております。ジャモウやランジェもビーフジャーキーの到着を今か今かと待っているでしょう。『ジャモランジェ
サヨナル〜ニャ』(ジャモウ語でさようなら皆様)
ここはあなた様のお席です ごゆっくりとどうぞ
永らくの連載お疲れ様でした。楽しませていただきました。そしてバラの花のテーブルで一休みをしました。
返信削除大変良いエンディングですね。特に凶悪犯人が逮捕されて、新婚の二人を街路の向こうに目にすることができ、特に新婦の花嫁姿を一目見て「これで思い残すことは無い」と思うシーンでは救われた思いです。人間誰しも善人であるということに心打たれました。ありがとうございました。
小川 洋帆 様
返信削除こんにちは。コメント有り難うございます。
やっと第一部の幕引きになりました。これから第二部に取りかかります。
いずれまたアップさせていただきますので、ご期待下さい。
今朝、タテハチョウのコムラサキが訪れてくれました。近日中にアップ予定です。ではまた。