2011年12月19日月曜日

酔花 風酔 自然法爾のおきどころ・言葉のアーカイブス <標高229m>

糟湯酒

こう書いて「かすゆざけ」と読む。今日日本全国に日本酒の銘柄は5千ほどあるらしい。いや、眉唾(まゆつば)な数字ではなく、本当にそれくらいの数があるのだそうだ。

その中には当然、大きな酒造メーカーとは全く関係なく、小さな山裾の蔵元で作られている地酒も多くあるはずである。私はどちらかと言うと、地方の地酒の頑なさをこよなく愛する人間である。

そんな旨い地酒(秘酒)と肴(さかな)を求めて、結構全国を旅したものであった。旨い酒のあるところ必ず良い水が存在する。それは湧き出ていると言った方が適切な表現であろう。その代表的な地域が、灘五郷といわれる阪神間の六甲山麓である。

「宮水」という、ことのほか日本酒の醸造に適した水(六甲山の伏流水)が湧く有名な酒所である。その灘五郷に私を可愛がって下さった、今は亡き長部真知様がおられた。

大関酒造社長、文治郎様のもとに嫁がれた方であった。書画に造詣の深い、優しくも凛としたまさに日本女性の鑑のような女性であった。お正月には真知先生(私はこう呼んでいた)のお住まいを訪ね、新春のご挨拶と旨いお酒を頂いたものであった。

大きなお庭があって、お屋敷の中には年代物の酒徳利やらこもかぶりが保存され、建屋全体からなんとも香しい酒の香りが漂っていたのを今でも思い出す。『貴方、投扇興(とうせんきょう)のお遊びご存知?』と先生は私に問われた。私は何のことかサッパリ判らなかった。それはどうやら江戸時代の子供や、女性の楽しみだったようだ。それについては「投扇興研究室」様のこんな説明の記事があった。


『江戸時代の遊戯の一。台の上に蝶と呼ぶいちょう形の的を立て、1メートルほど離れた所にすわり、開いた扇を投げてこれを落とし、扇と的の落ちた形を源氏54帖になぞらえた図式に照らして採点し、優劣を競う。1773年(安永2)頃から盛行。扇落とし、なげおうぎ、とも言う』

生まれて初めて高貴なと言おうか、大奥的なと表現しようか、まことに優雅な一時を体験した。1mの距離がこんなに遠いものかと思った事はない。また日本の扇の複雑な形は風を送る道具にはなっても、風を切って飛ばすのには適していない事も知った。

だからこそ奥の深い遊技である。さすが姫路のお城のお姫様ご出身の先生は上手であった。私はその時こんな事を言って先生を笑わせた。『こんな美味しいお酒を頂戴してもう充分、舞い上がっておりますよ』だから点数は低いのだと負け惜しみを言った。

先生は『そうね、貴方のは“ちどり扇”ね』と言われた。千鳥足ならぬ、ちどり扇。言い得て妙である。青春時代の懐かしい思い出である。

(明日に続きます)



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