2013年7月31日水曜日

酔花 風酔 自然法爾のおきどころ・昆虫マニアの憧れ <標高 691 m >

【ルリボシカミキリ(学名ロザリア)】


 

ボクたち昆虫大好き人間にとって このルリボシカミキリはどうしても出会いたい甲虫の筆頭でしょう 日本国の「シンボル甲虫」と言われているのも頷けます


昨日午後 「薪置き場」に物を取りに行った時
ツルハシの柄の上で見つけたのがこの写真なのです なんとプラチナ昆虫の交尾の現場に遭遇してしまったのでした



一心不乱の様子で 子孫を残さんがために必死の努力が感じられました

交尾が終わると雄(♂)は飛んで行きました

その時です なんともう一匹の雄が傍にいたのです これには驚きました なんと3匹ものルリボシカミキリが目の前にいたのです


3匹目のこの子はどうやら雄(♂)のようでした和名の『瑠璃・ルリ』の通り鮮やかなブルーの体色が美しい極上の昆虫です


どうやらこの子は雌(♀)をめぐっての戦いに負けてひとり寂しく隠れていたのでしょう


競争相手の雄(♂)がいなくなったので さきほどの雌(♀)を探して動き回っています

一気に3匹ものルリボシカミキリを目の当たりにしたボクは幸運でした きっとなにか良い事がありそうな予感が・・・

(庵主の日時計日記:自然と私)より

2013年7月30日火曜日

酔花 風酔 自然法爾のおきどころ・みんなで歌えば心も晴れる <標高 690 m >


【妙高高原混声合唱団 夏のボランテア活動】

グループホーム まゆ池の平を訪ねて

 728日(日)この日の妙高高原は早朝から良いお天気で 施設の玄関前にはテントが張られ 到着した頃には既に「オカリナ」演奏の皆様が準備をしておられました。そんな中 合唱団有志9名(男性5  女性4名)は  午後3時半には全員がそろい 施設を利用されている方たちはもちろんのこと 家族・知人もご一緒に 懐かしい愛唱歌や楽しい歌などを大きな声で合唱しました


今回は「オカリナ」グループの方とご一緒でしたので 特別にオカリナの演奏つきで「バラが咲いた」を会場の皆様と大合唱させていただいたのです。



混声合唱団の歌った曲目は:この街で・四季の歌・海・しゃぼん玉・バラが咲いた(オカリナ演奏付き)・いい湯だな の6曲でした

ギターの伴奏にのせてここ妙高高原「まゆ池の平」には 明るい歌声と笑顔が夕暮れの森の中にいつまでも漂っていました

施設長さんをはじめ いろいろとご準備下さいましたスタッフの皆様に心よりお礼申し上げます またの機会を楽しみにしています

(妙高高原混声合唱団 有志一同)

2013年7月29日月曜日

酔花 風酔 自然法爾のおきどころ・トンボ 3 態 <標高 688 m >

【オベリスク姿勢】



 マユタテアカネの雌(♀)が見せてくれましたよ素敵な「オベリスク姿勢」をね 太陽が真上から照りつける暑い日 トンボが腹端を上に向けて逆立ちをしていることがよくあります このような姿勢をオベリスク姿勢と呼び 太陽の光を受ける面積を最小にする事で体温上昇を防いでいるのだと考えられています




ミヤマアカネの雄(♂)も負けじと頑張っていますね トンボも夏にはECO生活をするのです 少しでも涼しく気持ちよく生活するための智慧なのでしょうか


このノシメトンボの雄(♂)はなんとヒグラシゼミの羽化後の蝉殻にちゃっかりとまって何やらお話でもしている感じですね

この写真の中には「過去」と「現在」が一つに凝縮されているようです このノシメトンボが風にのって飛び上がって行くのが「未来」なのかも知れません 朝からなんだか哲学的な話になってすみませんでした

(庵主の日時計日記:こころの内)


2013年7月28日日曜日

酔花 風酔 自然法爾のおきどころ・ちょっと一服 <標高 687 m >

【山椒ご飯とチリメン山椒】


cooking  by  akiyo  

ご近所でいただいた山椒の実をつかって山椒ご飯とチリメン山椒を作ってみました

『山椒は小粒でピリリと辛い』という言葉通り カリッと歯に当たると一気にその辛さは口中にひろがり 行き着く果ては舌の先

ジンピリの感覚はしばし舌先麻痺状態 これが何とも言えない『山椒の精』のしわざだ 餅米を3割ほど入れたごはんは薄塩味で食欲をそそる

次にお酒の友として絶品の『チリメン山椒』は 兵庫県淡路島産の極上チリメンジャコのおでまし山椒とは抜群の相性の良さだ

少しづつ箸にのせて山椒の香りを楽しみつついただく 大吟醸の冷えたのをグビッとやると『山海の珍味ここにあり』と自己陶酔に陥って『うれし哀しい』わがこころ

『ああ 日本に生まれて良かったな』とこんな一茶事の中からも実感出来た 平成25年の夏

(庵主の日時計日記:自然と私)より

2013年7月27日土曜日

酔花 風酔 自然法爾のおきどころ・トンボの王様 <標高 686 m >

【オニヤンマ参見】



今年最初の写真撮影

グリーンの複眼はエメラルドの雫か
黄色と黒色の縞模様はタイガーの化身のよう
背中にある羽毛はまるで鬣(たてがみ)だ

自分の島(縄張り)を悠々とパトロールする様子は ボクには[トンボ教宗主]の威厳すら感じさせてくれる

昼下がりのひととき 彼らは日陰になる木の小枝にぶらさがるように憩う
その時がショットのねらいめ ちょとぐらい近づいても動じない

ほかのトンボとちがってヤゴの状態で3〜5
水中で過ごします オニヤンマの羽化の様子を写真に収めたいものです

(庵主の日時計日記:自然と私)より

2013年7月26日金曜日

酔花 風酔 自然法爾のおきどころ・泥にまみれて <標高 685 m >

【エゾゼミの華麗なる変身】


昨日の朝のこと トマトの葉裏に蝉の抜け殻が付いていました 普通エゾゼミの幼虫はこんなに泥まみれにはならないのです でもここ数日大雨が降って 土中は泥濘状態なのでしょう そこをかき分けて必死で出て来た様子が手に取るようにわかるのです




殻のすぐそばに 生まれたてのエゾゼミが羽根を休めています じっと太陽のお照らしを待っているのです どうですあの泥まみれの服を脱いで出て来たのに その肢体はまるで宝石のように気品に満ちて輝いているではありませんか

完璧に過去を脱ぎ捨てて『新生』した命に 感動の拍手をおくりました

(庵主の日時計日記:こころの内) 

2013年7月25日木曜日

酔花 風酔 自然法爾のおきどころ・儚きはカゲロウ<標高 684 m >

【スカシヒロバカゲロウ】


長翅目 ウスバカゲロウ科:皆さんはアリジゴクという生き物をご存知でしょう すり鉢状の穴をつくり アリが落ちるのを待っているちょっと陰険な生き物ですが その幼虫が羽化するとウスバカゲロウとなります

その仲間のスカシヒロバカゲロウは まるで大正時代の人力飛行機のようにパタパタと言う感じでボクの目の前を飛びました
そっと手で触ってやると桑の枝にとまったので写真に収める事が出来ました

なんと言ってもこの幅の広い透明感のある羽根 ほれぼれと魅入ってしまいますね このカゲロウは水中に棲むカゲロウとは違います

寿命は幼虫半年 成虫(羽化後)数時間から長いものでも一週間でしょうね
まさに『儚きものは蜉蝣』なのでしょう  

起源が古い昆虫で三億年以上も前から生き残って来ているそうですよ

(庵主の日時計日記:自然と私)より


2013年7月24日水曜日

酔花 風酔 自然法爾のおきどころ・蓬莱渓谷の一夜(最終)<標高 683m >


【有馬郡 蓬莱渓谷の一夜】

       登場人物:英国の実業家 クリフォード・ウイルキンソン
                                      :蓬莱渓谷に庵をむすぶ山家の男



(ク)『マスター、コノ、ワラー、水ハ、ココデワイテイ

    ルノデスカ?』

(主)『そうじゃよ、庭の奥の岩の間から滾々とな』



(ク)『コレハ、ソーダデス。ニホンデハ、タンサンスイと



    イウノデショウ』



(主)『なんじゃそれは?』


(ク)『コノミズヲ、スコシ、イタダイテモイイデスカ?』

(主)『そんなもので良ければなんぼでも持って帰れ』

<そう言って主人は笑った。>

<前の林の中には、鶏が放し飼いされている。イタチや野生の猫などとも共存しているらしい。朝早く林を歩いて地鶏が生んだ玉子を集めるのが主人の朝の仕事だそうだ。それは自然が落としてくれた命の糧そのものだと言った。

主人はこれらの仕事を、毎日流れるようにこなしている。まさに自給自足を絵に描いたような生活とは、こんな事を言うのかも知れない。

さて夜はもう、ずいぶん遅くなってきた。外は大雪になった。戸の隙間から入り込んでくる風の音が、なんとも恐ろしく凄まじい。>

[音楽 (鎮魂のしらべ)最後まで流す。終わればストップ]

<山家(しゃんか)の主人は、以前、町で生活をしていたと話した。三十過ぎには結婚もしたそうだ。相手は身寄りのない薄倖の女だったらしい。二人の間には幸か不幸か子はなかった。>

(主)『四十歳ころにワシは町を離れ、この蓬莱山麓に移っ

    てきた。妻も一緒になって周りを開墾してな、畑を

    耕し米を作り、まあ二人だけの幸せな日々が続いて

    いたのじゃよ。』

(主)『そんなある年、長雨の続いた梅雨の終わり頃じゃっ

    た。夜半から降り出した大雨に、裏の山が突然崩れ

    た、あっという間もなく、二人とも土砂に流され、

    妻は声を上げる事もなく暗闇(くらやみ)の濁流に

    のまれて流されてしまった。 ワシは奇跡的に、木

    の根に掴まり命は助かったが、妻は二度と帰って来

    はせんじゃった。その日からは、ただ妻のことを考    
    えながら畑仕事に没頭したのよ。忘れようと

    思っも、できゃせんかった。夜は妻に据え膳をし

    て、たったで酒を呑んだのじゃ。

    泣きとうても涙ひとつ出はせんかった。せめてもう

    一度妻の顔を見たい、声を聞きたい。それ一心の悲

    しい辛いワシの人じゃよ』

<主人は妻の縫ってくれた刺し子の着物を、それ以来一時もはなさないと言った。妻は、この主人が一生にたった一人、心底愛した女性であった。妻の名を菊於(きくお)といった。>

(主)『もう過ぎたことぞ、もどりゃ〜せん

<そう言って主人はじっと目を閉じた。彼にとって妻は、大切な、己の命以上の存在だったに違いない。それ以降彼は、妻の亡くなった七月には、決して猟には出ない、殺生はしないと心に決めている。それが妻へのせめてもの鎮魂の祈りからでもあると言った。これから老いていく主人の生業(なりわい)は、妻への供養行脚の旅そのものであろうか、哀しい心の旅路でもある。>

[再び 鵲橋(かささぎばし)の音楽]

<翌朝、新雪を踏みしめながらクリフォード・ウルキンソンは蓬莱渓谷を後にした。山家の主人は猟銃を背にして雪の林に消えていった。>

<クリフォード・ウルキンソンは、山家の主人からもらった炭酸水をすぐさま、母国ロンドンに送ったのであります。そして分析を依頼します。その結果、これは医療用、食卓用として折り紙付きの世界的名鉱泉というお墨付きをもらったのです。これが炭酸清涼飲料製造会社、ウヰルキンソン社がこの世に出現した始まりでありました。>

<皆様もよくご存知の『バヤリースオレンジ』はこの会社の花形商品でした。>

<明治の初期に母国イギリスより、近代国家とは名ばかりの日本の国、それもとりわけ草深い武庫川河畔に居を構えた彼の勇気と使命感が、私たちの琴線を揺り動かすのであります。皆様も一度はお飲みになった事があるでしょう。そのオレンジジュースこそ、あの斜めひょうたんマークの商標でした。今でもそうだと思いますが・・・・。>

<山紫水明、水清らかな宝塚市武庫川河畔にあった工場は今はもうありませんが、クリフォード・ウヰルキンソン氏の熱い思いと、宝塚温泉(炭酸鉱泉)が、彼の名前と業績を今に残しています。昭和50年頃まで、阪急電車、逆瀬川駅のすぐ近くに彼の大邸宅がありました。その名残は今、川沿いのコープの駐車場に石垣として少しだけ残っているのであります。

【完】 

(庵主の懐かしの脚本より『蓬莱渓谷の一夜』を4回にわたってアップさせて頂きました。お読み下さった方に感謝申し上げます。またの機会をお楽しみに。)