2014年12月29日月曜日

酔花 風酔 自然法爾のおきどころ・【男達の黄昏・・そして今(17)】(標高 1044 m)


【男達の黄昏・・そして今(17)】


 『お年はおいくつ位でした?』『そうですね〜、60歳前後でしょうか』『メガネなどは?』『かけてなかったようです』『大きな方でした?』『いえ普通だったです』。それ以外は特に変わった話を聞くことは出来なかった。保育園の男性も匿名希望の方の事を話すのは仕事柄出来ないのだろう。お礼を言って周さんが席を立ちました。隣の大きな部屋の中に沢山の縫いぐるみが置かれてありました。

 『有り難うございました。ああ、最後にその方なにか持っておられませんでした?たとえばカバンとか』『そう言えばデイバッグを背負っておられたような、それにも可愛いマスコットが付いていました』『園長先生に宜しくお伝え下さい』。そう言って周さんは、山麓保育園を後にしたのです。

 周さんを囲んでの『土曜競馬』からもう二週間の日が経過していた。金曜日の朝周さんは、携帯電話を掴んで庭に出た。赤や黄色の薔薇が良い香りを放って咲き出していた。『深沢です。お元気ですか?ああ、有り難うございます。ところで明日ご都合如何です?ちょっと皆様にご報告したい事があるのですが。そうですか、じゃあ、お昼に明石屋さんで、はい、宜しく』。山岡哲は早速、黄昏斑のメンバーに連絡を入れた。全員なんとか都合がつくようだった。明日の為にも、今日は島田巡査を是非訪ねてみようと思った。

 季節はもう五月も半ばを過ぎて、サツキの花がそこかしこに咲き、夕陽丘5丁目の街路を飾っている。近くの中学校から、ブラスバンドの音が聞こえてくる。どことなく音がはずれているようで、それがまた面白い。半年前から手がけてきた、仏像彫刻がやっとの事仕上がったのである。座敷の床の間に安置し、じっと眺めてみた。我ながら心魂傾けて彫り進めてきただけに納得のいく出来映えであった。近い内に、病を養生している恩師に届けようと思った。とは言え、恩師の住まいは、四国愛媛県である。早速計画を立てて、奈良に住む息子に連絡をして、車の手配をせねばと思った。今回は妻も連れて行こう。彼女もお世話になった一人であったからである。

 哲じいは今回の愛媛県訪問にもう一つの目的を持っていた。それは次の作品のためになんとしても良い木を手に入れる事であった。昔から仏師と言われる匠達は、まず木を得る事が一番重要なことであった。『禊木』(みそぎ)と呼び、この木を求めて彼らは日本国中を歩いていた。その『禊木』(みそぎ)とは一体どんな木であろうか。人間も何か大切な事を行う前に『斎戒沐浴』と言って、早朝に冷水をかぶって身を浄める『禊ぎ祓い』を実修する事がある。

 それに似て、一差しの神木にも同じ事が言えるのであります。その目的の木が『落雷』を受けている事、それでいて割れていない事。こんな二律背反的な木が有るのでしょうか。まあ、それを探すのが仏師たちの仕事でもあります。哲じいもご多分に漏れず、そんな『禊木』を探していたのです。それは一世一代の『仕事』をする時のために、大切に保存しておくのです。それを恩師を訪問する際に、愛媛県でなんとか探し出して、購入したいと考えたのでした。


2014年12月26日金曜日

酔花 風酔 自然法爾のおきどころ・雪と氷の芸術(標高 1043 m)


 氷点下7度の朝、ドームの三角窓に描かれた「雪ん子坊や」の作品です。もう15分遅ければ、太陽のお照らしでこの繪は空の上に戻って行ったでしょう。ドームの中に用事があったもので良いチャンスに恵まれました。


2014.12.24 クリスマスイブ 朝8時)庵主 撮影

(庵主の日時計日記:自然と私)より

2014年12月24日水曜日

酔花 風酔 自然法爾のおきどころ・【男達の黄昏・・そして今(16)】(標高 1042 m)


【男達の黄昏・・そして今(16)】

 さて周さんを囲んでの土曜競馬から早くも二週間が過ぎていました。黄昏斑の面々はその間各自決められた役割に従って、空き巣狙い捕獲作戦に注力していました。沼ちゃんも二日に一回は、リチャード先生のお向かいのお家のベランダから先生の家の監視をしていました。徳さんは、ここのところ奥さんの調子がイマイチなので病院へ連れて行ったりでなかなか時間が取れなかったようでした。警察も今まで以上にパトロールをしてくれている様で、泥棒もそう簡単には動くことが出来ないのではと思えるのです。

 周さんはその間自分で何かしっくりこない問題を追いかけていたのです。それはこの犯人が『縫いぐるみおたく』であるという事実についての事でした。今までに少なくとも60個の縫いぐるみを持ち帰っていると思われるのです。いったいそれをどうすると言うのでしょう。部屋に置くのも大変です。そんな疑問を持ってああでもない、こうでもないと考えながら散歩をしていました。そんな時、ふとある調べ物をするため市立図書館を訪ねました。

 団塊の世代と言われる人にとって、退職後の時間の過ごし方には誰しも頭を悩ませるものです。その結果、市の図書館へ出向いて行く事がとっても良い事だと気づくのです。まず静かである、そして冷暖房完備、勉強が出来るテーブルがある。そして読みたい本はほとんど揃っている。それに加えて、週刊誌、月刊雑誌なども閲覧できるのです。ただしこれらは貸し出しはしていません。最近の図書館はコンピューターで蔵書の管理をしています。どの本が今、誰に貸し出されているか。また何がいまこの図書館にあるのかも一目瞭然なのです。それに加えて、自宅のパソコンから本を借りる予約もできますし、在庫の有無もわかります。また借りて帰った本の期間延長も予め手続きをしておけば簡単に出来るのです。だから中年男性の姿が結構多いのであります。

 周さんもご多分に漏れずそのメンバーの一員であります。その日彼は北海道の馬産地の件で調べたい事があって市立図書館に来ていました。午前中でほぼ目的は済んだので帰ろうと立ち上がった時、横のテーブルにバインダーで止めた市政ニュースがありました。彼は何気なく拾い読みをするようにパラパラと捲っていた時、ある小さな記事に目が止まりました。そこにはこんな内容が書かれてあったのです。

 『保育所に可愛い縫いぐるみが』と題して、『二ヶ月前にある男性(匿名希望)が、可愛い犬や熊の縫いぐるみを沢山寄贈して下さいました。子供達は喜んで犬や熊さんと遊んでいます。有り難うございました。』
ほんの小さなスペースを使ったお礼の文章でした。施設にとっては昨今、予算の厳しいおりから、有り難い事であります。これを読んだ市民も喜んでいると思います。周さんもなにか心がほのぼのとしたものでした。図書館を出て、大きな教会の側を歩いていた時何かハッと頭の中にひらめいたものがありました。彼はあの市政ニュースをもう一度調べてみようと考えたのでした。

 明くる日彼は早速市役所にやって来ました。広報課のカウンターに座って、市政ニュースの綴りを見ながら、担当者となにやら話をしています。『この記事に関しての事なんですが、この縫いぐるみを寄付した方のお名前など教えてもらえんですかねえ』『これは、ご本人から匿名でと言うご依頼があったので、保育所でもお聞きしなかったようです』『そうですか・・それは仕方ないですね。ところでこの保育所は、山麓保育園ですよね?』担当者は席を外して奥に入って行きましたが、暫くして戻ってきてこう言いました。『その通りですが、現地に行かれてもこれ以上はわからないと思いますよ。ところで一体何故それが必要なのです?』と反対に質問してきたのである。

 周さんは、『ちょっと気になる事がありますので』とだけ言って、市役所を後にしました。そして『山麓保育園』に足を運んだのです。そこは市の山手の静かな環境の中にある古い保育園です。彼が訪ねた時はちょうど昼食が済んだ頃でした。その日園長先生は不在とかで、男性の職員が応対してくれました。外では子供達の楽しそうな声がしています。山の手であるため、まだ山桜が咲いているのです。

『実はこの記事の事でお伺いしたのですが』と、それを示して話し出しました。『この奇特な方のお名前などが分からないかと思ってお訪ねしたのです。』『これは無理ですね。この施設には皆様、色んなものをご寄付頂いております。結構匿名でと言う方が多いのです。』『その場合は、記録を残さないのですか?』『そうですね、プライバシーに関する事はまず・・・』『この男性に対応された方は?』『はい、それは私でした』『その時の事少しお聞かせ願えませんか?』『もう二ヶ月も前の事ですから、はっきりとは覚えていませんよ。』『わかる範囲内で結構です。お手数お掛けします』と言って周さんは質問を始めたのです。


2014年12月22日月曜日

酔花 風酔 自然法爾のおきどころ・冬に咲く花(標高 1041 m)


【成虫で越冬するクジャクチョウ】
 21日の午後、暖かい部屋の中に蛾がいると家内が言うので、網を持って見に行った。よく見ると春と夏に羽化するタテハチョウの仲間であるクジャクチョウでした。この蝶は成虫で越冬する珍しい種類なのです。
 この大雪の中、今までどこに隠れていたのだろう。どうして部屋の中に入って来たのか?薪ストーブを使っているので、その暖かさに釣られて、ドアを開け閉めするとき一緒に紛れ込んで来たとしか考えられない。初めての経験に正直驚いている。




2014.12.21 午後2時頃 羽を畳んだ写真撮影。羽を広げた写真は秋に撮影したものです)

2014年12月20日土曜日

酔花 風酔 自然法爾のおきどころ・【男達の黄昏・・そして今(15)】(標高 1040 m)


【男達の黄昏・・そして今(15)】

 テレビからファンファーレが鳴り響いて、各馬ゲートに近づいていきます。スターターの合図で全馬、ゲートにおさまりました。『カシャ〜ン』とゲートが開いて各馬一斉にスタートしました。きれいなスタートであります。1頭の出遅れも無いようです。1枠を利して1番キョウシンベガが逃げの手を打ったようです。1コーナーでは他馬に3馬身ほどの差を付けて逃げています。その内から佐東のホッコーバトルがあがっていきました。3番手にゼッケン6番のブレイブソング、その後ろにゼッケン3番のマチカネベースが押っつけながら上がって行きます。ちょっと掛かっているのでしょうか?騎手が少し後ろに下げ加減であります。その後、7番トニービルマ、16番マイテイコリン、8番ブルーバックスなどが続いて向こう正面にさしかかりました。さあこのあたりから後続馬も序々にピッチを上げて前に迫って行きます。まだキョウシンベガが逃げています。その差はまだ2馬身ほどあるでしょうか?

 大外からスーッと上がってきたのは、14番レキシントンレドであります。なかなか良い手応えであります。各馬3コーナーから4コーナーに差し掛かっています。先頭から最後尾まで10馬身そこそこでしょう。一気に差が縮まってきました。さあいよいよ4コーナーから直線に入ってまいりました。ここで先頭が10番カネトシマネイに変わりました。各馬一斉にラストスパートであります。やはり来ました来ました。14番レキシントンレド、一気にカネトシマネイを交わして先頭に立ちました。1馬身、2馬身と差を広げていきます。インマイタウンはどうしたのでしょうか、まだ後方におかれているようです。

 大外から一気に3番マチカネベースが突っ込んできました。それに合わせ馬をするかのように、2番のニホンピローキックと11番のモンローシルバーがもの凄い足で突っ込んできました。先頭はレキシントンレド、2馬身の差を保っています。二番手にはマチカネベースがまだ粘っています。大外から2番と11番が並びかけた所でゴールイン。3頭ほとんど同時。一着のレキシントンレド以外は全くその着差はここからでは分かりません。2着から4着まで写真判定と出ています。電光掲示板には114番だけが表示されております。それにしても烈しいレースでした。『山田さん、見応えがありましたね!』『すごかったですね、あの直線のたたき合い。う〜〜ん』と解説者の山田さんも興奮しています。

 さあ、ここ『明石屋』のテレビの前もざわついています。全員、電光掲示板に釘付け状態です。周さんの推薦馬が3頭絡んでいるので一層力が入るというもの。長い写真判定の結果、114番レキシントンレド、23番マチカネベース、311番モンローシルバー、42番ニホンピローキック。その差は1馬身1/2、ハナ、ハナ、ハナの大接戦でありました。

【払戻金額は、単勝14550円、複勝14210円、3850円、111,050
枠番連勝2-7,  1,850円 馬番連勝3-14, 9,560円 馬番単勝14-3, 45,850円。3連複3-11-14, 78,650円、3連単14-3-11, 579,650円となったようです。】

 みんななにがしかの当たり馬券を買っていたようで、にこにこしています。周さんのコラムには一斉にお礼のコメントが寄せられているようです。その時、宝ジェンヌさんが『先生、種明かしをして下さいな』と言いました。周先生は照れながら、おもむろにこう言ったのです。このレースは本当難しいレースでした。だからヒモには何が来てもおかしくはないのです。そこでハタと悩みまして、ままよ三度笠横ちょに被り、エイヤア!で決めたのです。

『それはまたなんだんねん』と黄昏斑が男声合唱団のように、はもった。『このレースの名前は?』と周さん。『甲山特別です』と哲じい。『それでヒモの馬は3番と11番にしたのじゃん』と周さん。本当に恥ずかしそうです。

 ジェンヌさんが『それがモンローシルバーの夏山騎手の馬と、そしてマチカネベースの厩舎は甲の浦厩舎だったってわけ?』『当たり!』と周さん。騎手二人の名前がらみから、『甲山』と読んだと言うのです。『競馬の予想は何でも有り』と言っていた周さんの言葉がやっと今、みんなは理解出来たのでした。『さあ、今から飲み直しや。鶴さん、今日はもう店閉めなさい』と哲じい。その夜は楽しい笑い声が『明石屋』から遅くまで聞こえていましたとさ。