2011年10月31日月曜日

酔花 風酔 自然法爾のおきどころ・児島高徳 <標高179m>



【カリン】


(榠樝、花梨。 別名、安蘭樹(アンランジュ)中国では「木瓜」)



ボンさんの知人、リンゴ農園のSさんのお庭で実った大きなカリンを頂きました。リンゴのような形をしたカリンは初めて見ました。そこで思い出した事があるのです。それは今から15年ほど前の事でした。

岡山県津山市に転勤した頃、ボクは単身赴任で「院庄」という小さな駅の近くに住んでいました。軍記物語『太平記』に登場する忠臣、児島高徳(こじまたかのり)に由縁の「作楽神社」が近くにありました。

ここには後醍醐天皇に忠誠を尽くした児島高徳が桜の木に彫り込んだと伝えられる「天莫空勾践 時非無范蠡」(天勾践を空しうすること莫れ、時に范蠡の無きにしも非ず)の史跡があります「後醍醐天皇さま、どうか今は、ご辛抱ください。どうか気を落とされませんように、あの越王の勾践の故事にもあります、范蠡のような忠臣がここにいますから、必ずお救いに参ります。例え、命を捨ててでも救いますからしばらくの間我慢をしていて下さい。」と言った意味です。

その作楽神社の近くに花梨の木があって沢山の実がなっておりました。誰も収穫しないので少しいただいて帰ったのです。そして花梨酒をってしんだのです。まさに「作楽神社」のお恵みでした。もっと言いますと児島高徳、後醍醐天皇と心が繋がった「花梨」の思い出だったのです。



2011年10月30日日曜日

酔花 風酔 自然法爾のおきどころ・聖書に学ぶ <標高178m>


【救いは近づいている(下)】

ローマの信徒への手紙 第1311節~14



有名な神学者であった大学の神学部のカールバルトは、アメリカでの講演旅行中に「聖書の教えとは何ぞや」との質問を受けたとき、讃美歌「主われを愛す」を歌い出したほどの信仰者でした。

同じ大学の哲学部の教授であった、ヤスパースは学生に人気がありました。そんなある日カールバルトは一種の嫉妬心からか、ヤスパースの教室に学生が何人入っていたかを聞いたのです。かの有名な神学者でも、そのような人間の弱い一面を持っているのです。

そこでパウロは言います。主イエスキリストを身に纏いなさいと。アウグスチヌスが聖書のここを読んで改心したと伝えられています。彼は聖書を若い頃から読んでいました。そしてある日、ここを読んだ時、心が変わったのでした。

彼はつぎのような人生を送っていたといいます。16歳である女性と同棲します。18歳で子供が出来ています。まあ考えようではそんなに早くもなかったのです。アウグスチヌスは、身分が高い人でした。相手の女性は身分が低かった為、彼は親の同意を得られなかったのでした。

アウグスチヌスの母親は、その女性を嫁として認めませんでした。アウグスチヌスは18年間、その女性と添い遂げましたが、最後は女性の方から身を引くことになって別れます。

そして彼女はクリスチャンになって、修道院に入ります。彼の母親は非常に喜び、今度は別の若い女性と息子を婚約させます。しかしアウグスチヌスは婚約期間中に、また別の女性と関係を持ってしまうのです。そして婚約していた女性とも結婚が出来なかったのです。

始めに愛した女性をも裏切ってしまった、彼は自分の人間としての醜さに愕然とします。その時この聖書の言葉に触れたのです。

生きるという事は人間として色々問題を持ち、悩み苦しみに苛(さいな)まれます。そんな人をも、いやそんな人こそ、イエスは救って下さるのであります。

パウロの言葉は「招き」の言葉でありました。人は時として自分の事を忘れて、周りの人々を隔てて審いてしまう。たとえクリスチャンであっても、その人間の苦しみを持っていたとしても、それでも救われるのです。

罪をおかす可能性を誰しも持っているのですが、そのような私達でもイエスキリストを「着る」事が出来るのです。

ガラテア書には、洗礼を受けた人は、イエスを着た人々であると書かれています。その行為を大切にしようというのが、この聖句のポイントであります。隣人を徹底して愛し、赦していくことが最も大切な事なのです。自分に敵対する人をも、愛し、赦し、受け入れることが最も大切な事であるのです。

パウロは人間のそのような面を全て知り、理解した上でこの聖句を残しているのです。


深い霧の日もいつまでも続かない 陽の光が差し込めば消えていきます 心を神に振り向け明るく生きましょう あなたにしか出来ない使命があるのです さあ笑顔を絶やさず出発です By Jun 


2011年10月29日土曜日

酔花 風酔 自然法爾のおきどころ・聖書に学ぶ <標高177m>


【救いは近づいている(上)】

ローマの信徒への手紙 第1311節~14

さて今日の「聖書に学ぶ」は、ローマの信徒への手紙です。ここで呼びかけているのは、パウロであります。いつもの様に聖書を紐解きながら進めてまいりましょう。

「更に、あなたがたは今がどんな時であるかを知っています。あなたがたが眠りから覚めるべき時が既に来ています。今や、わたしたちが信仰に入ったころよりも、救いは近づいているからです」11

新解訳聖書では、「知っているのだからこのように行いなさい」と強く訳しています。

パウロは救いが近づいていると言っています。大事な時なのです、しっかり目を覚ましていなさい。そして「時」に対して「配慮」であってほしい。まさに「時」が大切なのです。「時」は偶々与えられて流れて行く、あたかも漠然としているようですが、パウロはそうは言っていないのです。

神様から与えられたものという考え方なのです。神様の定めの「時」があるのです。そしてパウロは眠りから覚める時が既に来ているのだと言っているのです。皆さん、神があなた方に与えて下さった「時」を目を覚まして「知って」「生かして」ほしいと言っているのです。

「終末論」という言葉、考え方があることはご存知でしょう。それは必ずしもこの世の終わりを示唆するのではなく、それは一つの「希望」なのです。「終末」が来るとは、「完成」を意味しているのです。

ローマの教会は厳しい迫害の中にありました。イエスの再臨を願ってはいましたが、迫害の中にあっては、諦め、ほどほどにしようとする人々もいました。

「夜は更け、日は近づいた。だから、闇の行いを脱ぎ捨てて光の武具を身に着けましょう」12

夜は更ける、そして日は近づいた。でも人々はそれを素直に信じることは出来なかったのです。ローマ帝国は、教会において皇帝礼拝を強いていました。それをしないと人々は市民権を剥奪されたりしたのです。

だからこそ、迫害の世の中では、そんな希望的観測は出来ないだろうとみんな思っていたのですが・・・。

パウロはイエスが再び来られて、この世を完成させて下さると明らかに言ったのです。クリスチャンとしての生き方を問いながら生きましょうと。ではなぜそう言うのでしょうか。

「日中を歩むように、品位をもって歩もうではありませんか。酒宴と酩酊、淫乱と好色、争いとねたみを捨て、主イエス・キリストを身にまといなさい。欲望を満足させようとして、肉に心を用いてはなりません」13節~14

品位をもって生きよ、慎ましく歩もう・・・酒宴と酩酊、淫乱と好色・・・

これらは自己中心的生き方、隣人愛に反する事なのです。12節では、キリストによって救われた人々の事を述べています。神様を信じ、イエスに贖われた者の生き方を述べているのです。だれかの為に仕える生き方をしましょう。ねたみや争いのあるところには、愛がないのです。


オガトラノオ By Jun

2011年10月28日金曜日

酔花 風酔 自然法爾のおきどころ・ボンさんの畑 <標高176m>


奧に広がる畑には、白ネギ、野沢菜、壬生菜、白菜、キャベツなどが所狭しと植えられています。11月に収穫する野菜や、12月の雪が積もったあともとり入れるものもあります。畑の一隅にコスモスが植えてあります。

高原の畑に揺れているコスモスを見て、作業の疲れを癒しています。ブルーベリーやラズベリーの雪囲いをするのも11月中。頑張って冬の準備を成し遂げたいものです。

2011年10月27日木曜日

酔花 風酔 自然法爾のおきどころ・幸せの表情 <標高175m>

【いのり】



【やすらぎ】



いつも みんなのひょうじょうが こんなになればいいな

とおくにいても ちかくにいても

あのひとをわすれず あなたをたいせつに そしてじぶんも 


2011年10月26日水曜日

酔花 風酔 自然法爾のおきどころ・生まれ故郷は良いな〜 <標高174m>



24日〜25日、墓参を兼ねて宝塚、神戸を訪ねました。今回は六甲アイランド、神戸プラザHに宿泊。14Fから眺める神戸の町の灯や朝の神戸港にしばし酔いしれました(酒の酔いが大半)。懐かしい自治会の方々との再会も嬉しい思い出です。

夜中に無事妙高高原に帰り着きました。皆様色々と有難うございました。今年も残すところ2ヶ月あまり。どうかお元気にてお過ごし下さい。

2011年10月23日日曜日

酔花 風酔 自然法爾のおきどころ・香木を飾る <標高172m>

【新しい酒は新しい革袋に入れよ】


Presented by Jun

普通、木イチゴは英語でいうラズベリー、フランス語ではframboiseと言います。今ボンさんの畑でこのラズベリーの剪定をしています。この晩秋にも高原の畑では、二番手の赤い実が熟しています。

古木の枝打ちや、余分な木を伐って処分するのですが、ふとこの香木を短く切りまとめて薪束にしてそれを檜皮で括って和紙で巻き、絵を描いてみました。これを新しく開店される知人のアトリエに飾ってみましょう。

薔薇や桜などの香りを付けてみるのも面白いでしょう。これからクリスマスの飾りや、お正月には三つ俵の代わりに使えると思います。新しい気持で何事にも挑戦する姿勢を忘れないためにも・・・



2011年10月22日土曜日

酔花 風酔 自然法爾のおきどころ・混声合唱団定期演奏会 <標高171m>

【第32回 妙高高原混声合唱団定期演奏会 音楽の夕べ】

 



            
                                   Presented by Jun

10月21日(金)の夕刻、妙高高原支所ホールにて、妙高高原混声合唱団の定期演奏会が開催されました。回を重ねることなんと32回という伝統ある合唱団です。第一部は、みんなのよく知っている「若者たち」や「夜明けのうた」などを楽しく歌いました。

第二部は、作詞 谷川俊太郎 作曲 木下 牧子さんの世界を謳い上げました。今日語られる環境問題を歌った「梨の木」や「木を植える」は、会場に来られた皆様方の心にしみ通って行くようでした。この2曲は本年度、合唱団の精魂込めた歌曲でもありました。

指揮は古川 郁 先生 ピアノ伴奏は池田 祐子 先生でした。

なおお忙しい中、合唱団の為に駆けつけて下さったゲスト演奏は、ピアノ:望月 早智子先生、ピアノ連弾:古川 奏音 彩音 姉妹 吹奏楽・フルート:新井吹奏楽団の有志の皆様でした。団員一同心から感謝申し上げます。

またこの演奏会を盛り上げて下さいました観客の皆様方、ご支援下さいました企業・有志の方々に深くお礼申し上げます。来年もまた新しい歌曲をしっかりと練習をして、皆様方とお会いしたいと思っております。今後とも宜しくお願いいたします。

 

2011年10月21日金曜日

酔花 風酔 自然法爾のおきどころ・果樹園を訪ねる <標高170m>


長野県の果樹園を訪ねました。ぶどう棚には立派なぶどうが垂れ下がっています。リンゴの木も今が最盛期のようです。信濃スイーツ、津軽、紅玉、秋映、信濃ゴールド・・・などが秋の光りの中で収穫を待っていました。


早速、果樹園の店先で食味倶楽部とさせていただきます。甘み、甘酸っぱさ、蜜の味など口中にそれぞれの美味しさが広がっていって、日本の秋の豊穣さを心一杯感じて帰ってきました。車にどっさり積んで来たのは言うまでもありません。


信濃がすぐ近くにあるのは有難いことです By Jun



2011年10月20日木曜日

酔花 風酔 自然法爾のおきどころ・蕎麦の実の収穫 <標高169m>


広大な畑で「蕎麦の実」を収穫する人々 By Jun

快晴の下、蕎麦農園に「蕎麦の実の収穫」作業に行ってきました。猛暑の日、種まきをした「蕎麦」が実り、手作業での収穫作業が始まったのです。蕎麦を刈り取り、それぞれを束にしてくくり、太陽の光の中で乾燥させました。

穂には一杯の蕎麦の実が付いています。それを「砧(きぬた)を打つ」ように木の棒で叩いて落としていくのです。何度もなんども裏表を叩き続けます。そうしますと小さな蕎麦の実が落ちてブルーシートの上に溜まっていきます。

最後はふるいに掛けて実だけを集めます。すべて機械に頼らないマンパワーの作業なのです。秋晴れの下、仄かな蕎麦の香りを満喫した一日でした。この「蕎麦の実」は石臼で引いて「そば粉」にするのです。12月の中頃、みんなで「蕎麦打ち」をしての楽しい「蕎麦を食べる会」が開催されるのです。

2011年10月19日水曜日

酔花 風酔 自然法爾のおきどころ・いのち燃えて <標高168m>

【マインヒュッテの秋色】


Presented by Jun

数日前の風で栗もほとんど落ちてしまった。野生のクルミもそこここに雨に濡れて転がっています。信越国境にあるボンさんの畑では、キャベツ、ダイコン、ニンジン、白菜、白ネギ、聖護院かぶら、ラズベリー、柿、ピーナッツ、野沢菜、壬生菜・・・など、順調に育っています。

これらの野菜はこの冬を越すために重宝するのです。今日はブルーベリーやラズベリー、カシスの雪囲いの準備をします。ちょっと寒い畑の作業ですが、妙高山麓の大きな懐に抱かれて、心身共にリフレッシュ出来るボクの最高の舞台なのです。

2011年10月18日火曜日

酔花 風酔 自然法爾のおきどころ・高原の生きものたち <標高167m>

【エサキモンキツノカメムシ
Presented by Jun

触ったり踏んだりするといやな臭いを出します。掃除機で吸ってしまった場合、掃除機を使う度に独特の臭いが放出されて、うんざりするのも度々です。妙高高原の草原では最近異常発生が見られました。

カメムシが異常に発生する年の冬は、豪雪との言い伝えがあるようです。彼らも子孫を残すために、事前に豪雪を察知して、沢山発生することで生き残りを図るのでしょう。

さて写真のカメムシは、背中に「ハート模様」を背負った可愛い種類です。カメムシの仲間は世界中に25,000種もいるそうです。その形や模様は千差万別で先日このブログでアップした「人面カメムシ」など奇々怪々ですね。

なんとも楽しいこの「エサキモンキツノカメムシ」ですが、彼女にプレゼントしたとたんにお二人の恋は破れてしまうかも知れません。



2011年10月17日月曜日

酔花 風酔 自然法爾のおきどころ・言葉のアーカイブス <標高166m>

異次元空間に迷い込んじゃったの巻】




いよいよ冬が近づいてまいりましたが、皆様お元気でお過ごしでしょうか。私もなんとか息づいてはおります。とは言え、朝晩の冷え込みは尋常ではありません。Hさんのご推奨の鍋料理が一番と思い、先日贅沢も顧みず鴨鍋などに舌鼓を打った様なわけで。

その感動的な味にしばし酔いしれたのでありました。鍋で酔ったと言うより焼酎でそうなったと言った方が正しいのでしょうがね。生活の糧にしています魚釣りの大切な釣竿を破損してしまい、その修理を早くせねばならなくなって、修理部品を買いに出かけたのであります、はい。

どうしても『リリアン』がその修理には必要との事で、色んな所を探し廻ったのですが、どこにも売っていないのです。まあこういった類の物は手芸店に行けばあるのではと気付きまして近くのお店に入ったのです。

今まで人生ある程度年だけは長く経験していますが、『手芸店』に入ったのは本当に初体験だったのです。入り口には、綺麗に飾りたてられたドアーがありました。そのドアーをボクは恐る恐る押しました。

そこには、ホワイトクリスマスやら樅の木と言った美しくもPureなミュージックが流れ、まるで『不思議の国のアリス』になったような気分で、キョロキョロするばかりでした。「大草原の小さな家」の人々の着ている刺繍や、アーミッシュキルト風の長いエプロンをしたお嬢さんがニコニコ顔でこちらにやって来た時は、いい歳をして俯(うつむ)いてしまったほどの慌てようでした。

『す、す、すびませんが、リ、リ、リリリアンちゅうのは置いてはりまっしゃろか』などと由緒正しき大阪弁を口走りつつ、アニーさんの一言を待ったのでありました。

 『リリアンならそこの棚に並んでいます。どうぞお調べ下さいな』てな事を言いはったんやと思いまんねけど、その後は定かやおまへん。早速リリアンなる物を買い求めて、ふと我に返って周りを見渡せば、色とりどりの毛糸やらボタン、糸、生地、アップリケ、それにハンドメイド(手製)のぬいぐるみの動物たちが今にも歌い出さんばかりにスタンバッているのです。

その時こんな清らかな空間が、俗世間に残っていたのか!と言った驚きと感動で目の前を星が飛び回ったようでした。それからと言うものは、自然にその手芸店に足が向いてフラフラと吸い寄せられる様にお店に入って行く『私自身』を発見したのです。どなたかこの状態から私を救い出して下さいませんか?
 
このような訳でマンションの部屋には、色とりどりの毛糸や編み棒が空間を占拠し、まるで異次元空間で生活している感じなのです。何故か縫いぐるみなども机の上に・・・。名前を『チャバ』と言うんです。島フクロウなんです。でもやはり私は、魚を獲る網を修理しているのが似合っているのです。

『困った、困った、コマルダ夫人??』今年ももうこんな季節になってしまいました。皆様どうかお風邪など召しません様ご自愛下さい。毛糸玉を巻きつつお祈り申し上げております。

『これは、平成81125日に当時の会社のちょっと可愛い、総務課の女子社員に打ったメールです。15年前の庵主もまだ若かった頃の思い出です。でも皆さん!手芸を趣味にしている男性、結構かっこういいじゃあ〜りませんか?今でもそう思っているのですよ』


ボクの大好きなアンパンマンの仲間達です。
これは近くの幼稚園に運ばれていく、お掃除道具入れなのです。子供達の喜ぶ顔と歓声が聞こえてくるようです。Presented by Jun



2011年10月16日日曜日

酔花 風酔 自然法爾のおきどころ・聖書に学ぶ <標高165m>



【クリスマスの意義(下)】

マタイによる福音書、第二章一節~



「星」はどういうところに出てくるのですか?夜であり、上にでてきますよね。暗闇の中にあっても上を仰ぐのです。そこには、あなたたちを導く「星」があります。その暗闇の中でも「星」を見つめなさい。天を仰ぐことが大切なのですよ。上にあるものを求めなさい。アンソロポスというギリシャ語は「上を見る者」即ち人間を意味しているのです。

絶望的な姿になっているかも知れません。でもそういった時にこそ天(神様)を仰いで生きるのです。

詩篇8章にはこのような言葉があります。

『主よ、わたしたちの主よ あなたの御名は、いかに力強く全地に満ちていることでしょう。天に輝くあなたの威光をたたえます。幼子、乳飲み子の口によって。あなたは刃向かう者に向かって砦を築き報復する敵を絶ち滅ぼされます。あなたの天を、あなたの指の業をわたしは仰ぎます。月も星も、あなたが配置なさったもの。

そのあなたが御心に留めてくださるとは人間はなにものなのでしょう。あなたが顧みてくださるとは。神に僅かに劣るものとして人を造りなお、栄光と威光を冠としていただかせ御手によって造られたものをすべて治めるように、その足もとに置かれました。羊も牛も、野の獣も空の鳥、海の魚、海路を渡るものも。主よ、わたしたちの主よ あなたの御名は、いかに力強く全地に満ちていることでしょう。』

このように、神様に顧みられているのが私達なのです。神様に僅かに劣る者として創られ、使命を与えられているのです。そして「天」は神の御手の業であります。上を向くことによって神の導きを得る事が出来るのです。

幼子イエスの元に旅してきた学者たちが「星」を見つめたのは、そういったことを意味していたのです。彼らは今までの生活に満足することは出来なかった。その真意を求めて遠くからやってきたのです。彼らの為していた「占い」は、聖書が禁じています。当時ペルシャやバビロンにはユダヤ人が移り住んでいました。だからそこに「占い」が根付いたのかも知れませんでした。

断片的な知識(占い)が大切なのではなく、聖書に聞くことが大切なのです。学者たちはベツレヘムに行きます。そこでは「星」が先だって進み、幼子のいる頭上で留まったのです。彼らはそのことを喜んで、私たちも神に導かれているのだと知ったのです。

マタイによる福音書は自分と同じユダヤ人に対して、イエスのことを知らしめるために彼が書いたのです。その2章で「占い」をする人が登場するのはおかしいではないかと、この福音書を読んだユダヤ人は不審に思いました。聖書が禁じている「占い」の事を書くことはあり得ない、資格のない占星術の学者が最初にイエスに出逢う事はあり得ないではないかと言ったのです。

マタイは人々の中で、差別をしてはいないのです。たとえその人が罪人であったとしてもイエスに祝福されると記したのです。そこにはマタイの気持ちが強く込められています。黄金、乳香、もつ薬をイエスに捧げる。それらは彼らの商売道具であったのです。そんな大切な物を捧げたということは、いったいどういうことなのでしょうか。

それは、「自分の生き方」を捧げたことなのです。『私はイエスに出逢えて、生き方が変わりました。今までは占星術に頼って生きてきましたが、これからはイエスに、神に頼って生きていきます』そう志が変わったのです。

これこそクリスマスの持つ意義なのであります。特に人生を旅する時、たとえ暗闇を歩いていても神様に導かれれば、必ず救われるのです。占星術の学者たちのみならず、私たちもそうなのです。十字架にかかられたイエス様を信じて生きましょうと、ここでマタイは語っているのです。

少し早いですがクリスマスの意義をしたためました。この項、大阪旭キリスト教会、岸本牧師のご指導を頂きました。感謝申し上げます。写真は「こころの灯火」。この灯を1分間、目を閉じてじっと瞼の裏に描いてください。心がすっと安らかに軽やかになりますよ。Jun



2011年10月15日土曜日

酔花 風酔 自然法爾のおきどころ・聖書に学ぶ <標高164m>



【クリスマスの意義(中)】

マタイによる福音書、第二章一節~



ここにはクリスマスの前後のことが記されています。東方から来た占星術の学者達が登場します。かつては3人の博士達となっていましたが、ここでは占星術をなす3人の学者です。

本当は3人という人数もハッキリとはしていません。また博士達についても色々と説があるようです。白人、黒人、黄色の人種が各1名ずつとか、老人や青年であったとも言われているのです。いずれにしても出発した場所は、「サバ」でありました。聖書を紐解きながら進めてまいりましょう。

マタイによる福音書 第2章、占星術の学者たちが訪れる

イエスは、ヘロデ王の時代にユダヤのベツレヘムでお生まれになった。そのとき、占星術の学者たちが東の方からエルサレムに来て、言った。「ユダヤ人の王としてお生まれになった方は、どこにおられますか。わたしたちは東方でその方の星を見たので、拝みに来たのです。」1節~2

さきほども書きましたが、3人の学者が幼子イエスを拝んだとき、それぞれがそのキリストを自分自身の世代の人の様に見えたらしいのです。それは幼子であったり、青年そして老人となって、自分の眼に映ったのです。それは、キリストが自分を受け止める、みんなの救い主であったという意味なのでしょうか・・・。

この占星術の学者たち(マギ)とは、星占いをして自分の生計を立てていた人々でありました。その当時の町のよろず相談所を開く「知恵者」であったのです。その学者たちは、東方(バビロン、ペルシャ)からやってきたのではないでしょうか。いずれにせよ遠い国から遙々と歩いて、時にはロバに跨ってやって来たのです。その旅路は何ヶ月も、いや何年もかかったに違いないのです。

彼らの旅路は、人生そのものに喩えられます。旅というのは目的が決まっていて、ルートや計画がハッキリとしているでしょう。ところが占星術の学者たちの旅路は、不思議なことにユダヤ人の王(イエス)がどこにいるか判らなかったのです。それはまるで私たちの人生になぞらえているようでもあります。

生まれるということはそういうことかも知れません。気がついたら、生まれていて、人生の旅路に歩かされているのです。その旅はどこまで続くのかさえ判らない。思いもよらないうちに始まりそして・・・ある日突然終わる。

同様にこの学者たちもそうだったのです。旅の途中でいろんな人たちに出逢います。そして話し合ったようです。『あなた方はユダヤ人なのですか?どこに居られるのですか?』『さあ~?』と言わざるを得なかったのです。

人生は灯りのない長い旅路を歩き続けるようなものだと仏教でも説きますが、一つの「星」が学者たちを導いていくのです。私たちにも「星」があります。それが私たちを導いてくれるのです。人生の旅路においても、その導きがなければ進んで行けないのではないでしょうか。マタイのこの文章は、そんな不思議な、また大切なことが記されているのだと思いますよ。



われに来よと主は今 優しく宣り給う Imagined by Jun




2011年10月14日金曜日

酔花 風酔 自然法爾のおきどころ・聖書に学ぶ <標高163m>

【クリスマスの意義(上)】

マタイによる福音書、第一章一節~




この一節~十七節までは、イエス・キリストの系図として、アブラハムの子ダビデの子、イエス・キリストの系図が記されてある。全部合わせると、アブラハムからダビデまで十四代、ダビデからバビロンへの移住まで十四代、バビロンへ移されてからキリストまでが十四代である。(十七節まで)

「イエス・キリストの誕生」

キリスト教では1130日~1225日までをアドベントと言います。これは「待ち望む」という意味であり、イエス・キリストを文字通り待つのです。

11月の第一日曜日は聖徒の日です。111日を万聖節といいます。キリスト者達にとって、信仰の先輩の魂が教会に帰ってくるという考え方がありました。万聖節の前夜祭をハローウィンと言って、それはちょっとしたいたずら心でもあります。

ハローウィンとは万聖節(11 1 日)の前夜祭です。古代ケルト起源で、秋の収穫を祝い悪霊を追い出す祭りです。アメリカでは,カボチャをくりぬき目鼻口をつけた提灯(ちようちん)を飾り,夜には怪物に仮装した子供たちが「お菓子をくれなきゃ悪さをするよ」と言いながら近所を回り、菓子をもらいます。ということで、こちらは聖書に出てこないことなので、教会でも幼稚園でもなにもしないところもあります。そして間もなくアドベント、教会はクリスマスの準備を始めます。

日本のクリスマスは騒々しいのですが、ドイツの教会は特に質素であります。12月25日までのアドベントの期間、敬虔なクリスチャンホームでは、お菓子も少し苦みをつけるのです。それは罪の赦しの為にであります。だからこの期間はけっして、お祭り騒ぎをしないのです。

このマタイによる福音書、第一章は「待ち望む」といったカ所なのです。マタイはイエスの物語を書くときに、誰に対してそれを書いたのでしょうか? それは同じユダヤ人にイエスのことを判ってもらいたいと考えていたのです。ユダヤ人に旧約聖書の流れを知らしめたいと思って書いたのでした。

ユダヤ人の中から救い主を顕すという約束をし、ユダヤ人はそれを待ち望んでいました。今でも古い考え方のユダヤ人達は、イエスを救世主とは未だ認めている訳ではないのです。これから先にまだ救い主が現れると考えている人々もいるのです。

だから彼らの中には、十字架を使わない人もいるのです。マタイはそういったユダヤ人に対して、十字架に磔られた方が救い主だという思いで、この福音書を書き続けたのです。

立派な人たちだけを神が祝福されて、一般の人々、売春婦、徴税人たちは神から見放された人々だとの考え方が当時のユダヤ人社会にはあったのです。

律法を守れない人々には救いは無いとの考え方、それは裏返せばユダヤ人だけが救われるのだという考え方でした。外にいる人々は異邦人だったのです。

またユダヤ人達は、男性の方が女性よりも優れていると考えていました。そして神殿の中の場所にもハッキリとした階級差別があったのです。マタイは考えていました。そうではない、救い主が現れる時、全ての人が神に導かれるという事を。そしてそれを常に説いてきていたのです。


ホワイトクリスマスを迎える準備 By Jun







2011年10月13日木曜日

酔花 風酔 自然法爾のおきどころ・秋を飾る <標高162m>



               Presented by Jun

       【シュウメイギク(秋明菊)】

牧場でミルクを入れる容器にザックリとシュウメイギクを飾ってみました。アケビの実と白樺の樹皮を添えて、牧場の晩秋が感じられれば歓びです。お花を持って来て飾り付けまでしてくださったM嬢さん有り難うございました。

2011年10月12日水曜日

酔花 風酔 自然法爾のおきどころ・高原の友だち <標高161m>

【アケビ】


Presented by Jun

アケビが割れました。肉厚の皮の中に白い膜に覆われた果肉が入っています。その果肉にはツブツブの黒い種と、プリンのようなものが混じっています。スプーンですくって食べてみます。口の中にひろがっていく甘い香り。

噛むとプチコチとアケビ言葉で話しかけてくるのです。ボクの体内に入ったアケビの種は、胃や腸や細胞達にもプチコチ・プチコチと話しかけながら旅をしているのでしょう。四つ葉のクローバの様なアケビは、きっと、何か良いことを持ってきてくれたに違いない。

さあ、今日も明るく仲良く、元気に Here goes !

2011年10月11日火曜日

酔花 風酔 自然法爾のおきどころ・高原の友だち <標高160m>

【モリアオガエル】

                                                                  Presented by Jun

10月9日の日曜日、明るい日溜まりのなか、ヤマグワの大きな葉っぱの上で日向ぼっこをしているモリアオガエルを見つけました。カエルのいる木の間に湧き水で出来た小さな川がありましてちょっと近づきにくいので、200mm望遠レンズで撮りました。


2011年10月10日月曜日

酔花 風酔 自然法爾のおきどころ・高原の友だち <標高159m>


【ルリビタキ】





昨日の朝のショットです。急な寒さのためか、ちょっと震えているようでした。

                                                                    Presented by Jun



2011年10月9日日曜日

酔花 風酔 自然法爾のおきどころ・朝のメルヘン <標高158m>


追いかけられて 襲われて 力尽きた君

残ったのは 数片の風切り羽根

でも聞こえているよ 囀っていた頃の声が

君の好きだったクヌギのドングリ達も

サヨウナラを告げに来てくれたよ

さあ!雪の来る前にはるかに高く遠くまで





2011年10月8日土曜日

酔花 風酔 自然法爾のおきどころ・言葉のアーカイブス <標高157m>

唖子喫苦瓜(あこくかをきっす)

今日は趣を変えて、随想を記(しる)す事にします。今まで書き溜めてきた心模様を少しだけですがね。タイトルの語句は、禅の言葉のひとつです。

唖子喫苦瓜(あこくかをきっす)と読みます。唖の子(人)が苦い瓜(うり)を食べたが、その味を表現するのは難しい。それと同じように仏法や神道の本意は言葉ではなかなか表現出来ないものだと言うのです。

禅の言葉に不立文字(ふりゅうもんじ)というのがありますね。何事も自分で体験、経験した物、事、などが身に付くのであると。とは言え人間、歳を重ねると新しい事に挑戦するのにどうしても尻込みしてしまうものです。パソコンを習得しようと思ってもそこには勇気がいるものです。私もご多分に漏れず、会社でパソコンを一台与えられて、さあこれで日常の業務をするように、と指示された時は一種の恐怖を感じました。

私が一番気になったのは、パソコンを操作する途中で会社のパソコンを壊してしまいやせんか、と言う恐怖心でありました。なにかの拍子に動かなくなった時など本当に日汗(ひあせ)が出たものでした。

しかしその内に、パソコン自体そんなに簡単に壊れる物ではない事が判ってきて、それからは開き直ったと言うか、心安らかに仕事に打ち込めたのでありました。

自分で苦労して覚えた事は死ぬまで忘れない。まず体が覚えています。私はかつて、心奥(しんおう)からの呼びかけを感じて、『教育勅語』(きょういくちょくご)を必死になって暗記したことがありました。

またどうしてそんな? と言う方もおられるかと思いますが、そのものの本質が、『正か偽』かを知る為には、それをより深く知悉(ちしつ)する必要があります。いい加減なところで妥協するのは嫌なのです。事実熟読してみるとそれは、人生の規範がしっかりと示されていて、いかな時代が変わろうとも通用するまさに教育の根幹だと認識した次第です。

これはどんな事にも当てはまるもので、勉強もせず、本も読まず、その場所にも立たず、事の『正邪』を論議する事は私にとって良としないのです。いまでも『教育勅語』が空で言えるのは『必死』だったからであります。

泳げなかった私が泳げるようになったのも、中学時代の夏、深い透明な和歌山・白浜の海での決死の体験があったからでした。

この時の体験談は、『産経新聞』平成18819日付け、テーマ投稿『私のホ−ムラン』に『水澄む海、自力で泳げた自信』に掲載されました。これは蛇足でした。『好きこそ物の上手なれ』という諺がありますね。さすれば、『男と女の、ゴジャゴジャ』もそうなんでしょうか? 「陰の声」『ええ歳してまだそんな事を言うてんのか! アホ!!』


野尻湖畔に憩う 白鳥のボート Imagined by Jun