2011年11月30日水曜日

酔花 風酔 自然法爾のおきどころ・今日の言葉 <標高210m>

【どんな人も「神の子」であるから、

沢山の美点をもっている】


久安寺の石仏 Presented by Jun 

2011年11月29日火曜日

酔花 風酔 自然法爾のおきどころ・リーフノベルス <標高209m>

【ひかりと影のバラード】


早速仲間に問い合わせてみた。それによると小笠原文絵は、病を得て入院しているとの事だった。そこは糺の森近くの、S病院であった。彼が文絵を見舞った日は、この鬱蒼とした森にも微かに冬の訪れが感じられる日曜日の午後であった。

病室のドアーを開けた時、文絵は静かにベッドに起きあがって陶芸誌を読んでいた。北窓の姿を見て驚いたような仕草をしたが、下向き加減で微かに笑った。そして『ごめんね』とひとことだけ言った。

『いったいどうしたのですか? びっくりしましたよ』『ありがと、ちょっと胸が苦しくなって・・・。でももうだいぶ良くなったの、安心して』岳志の持参したバラの花に顔を近づけてその香りを喜んでくれた。少し頬が痩けているのが哀しかった。

『岳志さん、よかったらこれ使って』と言って小さな木の箱を取りだした。そこには、白檀のお香が入っていた。今度は岳志が顔を近づける番であった。幽玄な重い香りが鼻孔を擽った。

『文絵さん、先日出品しましたよ。ほら夏の日、ギャラリーでお話した白鷺の作品です』『そう、出来映えは?』『うん、自分ではこの五官で感じたままを、作り込んだと思っています』『よかった、おめでとう』『まだ、おめでとうは早いですよ』文絵も声を出して笑った。白い歯が晩秋の残照のなかでキラリと光った。

その姿は北窓が精魂込めて描き込んだ、白鷺の絵のように清楚で優雅でさえあった。無性に彼女をかき抱きたい衝動にかられた。『退院の日が決まったら連絡下さい。マロニエに伺います』。そっと彼女の手を握って強く言った。文絵の眼に涙が光るのをみて立ち上がった。

北窓は後ろ髪を引かれる思いで病院を後にした。ただ黙々と鴨川に添って歩いた。彼はその時、『結婚しよう、たとえ文絵さんがバツイチであったとしても俺にはあの人しかいない。まして年の差なんて』と強く思った。傍で二羽の白鷺が睦み合うように舞い上がった。京都の町にも木枯らしの泣く日がもうそこまで近づいていた。


「ひかりと影のバラード」、三日間お付き合いいただき有難うございました

ごん魔女さん作:灯りとりと小鳥 Presented by Jun


2011年11月28日月曜日

酔花 風酔 自然法爾のおきどころ・リーフノベルス <標高208m>

【ひかりと影のバラード】



『北窓さん、お久しぶりね。お仕事忙しいのね』ギャラリー「マロニエ」の女主人、小笠原文絵(おがさわらふみえ)は読みかけの陶芸誌を閉じて彼を見た。それはまるで姉が弟を見るような慈愛深い眼差しであった。

『文絵さん、それほどでもないよ。それより秋のコンペテイションの準備に手間取っちゃって』『ちょっと待ってね、まあそこにでも掛けてて。今コーヒー入れるから』そう言って文絵は、小さな暖簾の入り口から奥に消えた。

彼女は主に、現代作家それも若い新人の作品で店の空間を埋めている数少ないギャラリーの主人である。北窓の作品も何点か並んでいるが、未だ売れてはいない。でもそんな事は一言も言わないのである。この「マロニエ」が新人陶芸家達の励みになれば良いくらいに考えているらしい。

しばらくしてブルーマウンテンの香りが文絵を連れて戻って来た。岳志は椅子に座り直して文絵を見た。優しい目が笑っている。コーヒーを飲みながら作品の事を話し合った。文絵がぽつっと口にした一言が北窓岳志を戸惑わせた。

『岳志さん、あなた結婚しないの』『ええっ! 結婚ですか?さあ、考えた事もないですよ』『そお〜、でも結婚すると良い面で手が上がるって言うわよ』『そんなものですか?』北窓は文絵の顔をそっと見た。彼女の端正な顔立ちの中には、み仏のような慈愛深さが満ちあふれていた。どこからともなく、“白檀(びゃくだん)”の香りが漂ってきた。その香りが後になって、自分の人生を変えようとは今は知る由もなかった。

北窓岳志は鴨川に舞い遊んでいた白鷺をモチーフに創作に打ち込んでいた。白鷺をテーマにした焼き物には、かつて長崎の諫早で見た「現川焼」で、そこには白鷺が絶妙の刷毛使いで舞っていたのを見て感動した事があった。そしてあの夢を見た夜を境に、白鷺を土の上に置いてみたいと思うようになった。今回の新人陶芸コンペテイションに自分の今までの全てを出し尽くさねばならないとさえ思った。今回の作品は酒器とする事に決めた。

大きめの徳利、少し背の高い猪口、それに酒の肴用の細長の菜皿、と決めた。秋の夜長、静かに杯を傾ける悦び。そこに集う男と女の睦み合う色模様。それを白鷺で顕してみたかったのである。

京都の町が紅葉に染まる季節になった。北窓岳志はコンペテイションの出品を済ませ、久しぶりに四条河原町の裏通りにあるギャラリー「マロニエ」に続く木の階段を上った。女主人、小笠原文絵に今回の報告をするのが目的であった。

扉に『暫くの間、休ませて頂きます。主人』と書かれた一枚の紙がピンで止めてあった。文絵さんに何かあったのだろうか?彼の心の中に一抹の寂しさと愛しさが流れた。


神 佛 衆生 三無差別 ( 伏尾街道 久安寺)By Jun

2011年11月27日日曜日

酔花 風酔 自然法爾のおきどころ・リーフノベルス <標高207m>

【ひかりと影のバラード】

京都四条河原町の一筋入ったある通り、二階に上がる木の階段、そこには小さなギャラリー『マロニエ』がある。三十を少し出た女性、バツイチで始めたお店の主人小笠原文絵(おがさわらふみえ)がいる。よく通ってくる陶芸工房『馬Q夢』(バキューム)のメンバー、北窓岳志(きたのまどたけし)二十九歳、このお話の主人公である。

夕暮れにはまだ少し早い時間ではあったが、北窓岳志(きたのまどたけし)はいつものように四条河原町辺りから鴨川の散歩道を北へ向かって歩いて行く。まわりから見たら、なんの変哲もない青年のほっつき歩きとしか見えない。それは賀茂川と高野川の合流点あたりまでで、奥に黒く見えるのが糺の森(ただすのもり)である。

ここ数ヶ月北窓は、時間があればいつもこうしてその辺りまで歩いていた。それは秋の陶芸新人コンペテイションに出品するテーマを拾いにきていたのである。彼の想念の中には、ある一つの構想が膨れあがっていた。

陶芸工房『馬Q夢』(バキューム)の仕事を始めてもう3年の月日が経過していた。自分に技術的な裏付けが欲しくって日夜それなりに悩みもした。しかしこの世界は実力第一である。人と同じ事をしていても、うだつは上がらない。そんなある夜、彼は夢の中に一つの光景をみた。それは川の中で数羽の白鷺が餌を探している。その内の一羽が鮎を捕まえた。他の鳥たちがそれを横取りしようと舞い上がり、重なりあい、水しぶきをあげて戯れている。夕暮れの残照が金色(こんじき)に輝いて白鷺の羽根を染めあげる。まるで和服の絵柄になりそうであった。

その夢に現れた華麗な舞は強烈な印象として北窓岳志の潜在意識の中に焼き付けられたのである。それからと言うものは、鴨川にその鳥たちの舞遊ぶ姿を求めて時間を作っては来ていたのである。

奇しくも今あの夢に見た光景が目の前で再現されていた。彼は瞬(まばたき)きもせず、食い入るように鳥の乱舞を眺めていた。北窓のひねる器に、その鳥たちの舞ひ遊ぶ姿が果たして描き出せるのだろうか。


人は土を耕し野菜をつくり こねあげて器に仕上げる

水(し)火(ほ)土(つち)の三要素が生命の根源だ

(明日に続きます  Imagined by Jun)

2011年11月26日土曜日

酔花 風酔 自然法爾のおきどころ・言葉のアーカイブス <標高206m>

地獄八景亡者戯(じごくばっけいもうじゃのたわむれ)】


何度も聞きこんでいると自分もその中の登場人物になり、噺の中に超入してしまいます。そうこうする内に、知らず知らずの間に『地獄八景亡者戯』が身に付いて、勝手に口をついて出てくるのです。これはまことに不思議でもあり、こんな嬉しい事はありません。

『もし・・そこへ行くのはご隠居、田中のご隠居と違いますか

『そ〜やけんど、そういうあんたは辰っあんやないか』

『ご隠居、やっぱりご隠居や』

『えらいとこで会うたなあ〜』

『えらいとこで会いましたな〜』

この会話は現世を去って、あの世とやらへ移っていく「道中」なんですよ。ご隠居の死に方が変わっていて、ちょっとした風邪を引いたもので、公衆便所の傍にある病院に行ったらしいのです。そこで調合してもらった風邪薬に当たって死んだ、まあけったいな死にかたですな。そのご隠居のお葬式に参列していたのがこの連れの男。帳場の係を頼まれお手伝いをしています。香典の中から500円をちょろまかしてそしらぬ顔。香典の合計が500円多かったのでちょいと失敬。『ああ、合うたおうた』は帳場をあずかる男。そこで辰っあん一言『人助け!』。その行為をご隠居にとがめられ、『あんさんなんでそんな事知ってまんね』『そら棺桶の蓋あけて覗いてたんやで』『あちゃ〜』。

なんともナンセンスな会話ですが、『死者はなんでもお見通しなんや』と私などは納得する始末。さてこの辰っあんは、大好きなサバの煮付けを食べたところそれにあたってス〜ッとこっちへきたそうな。だから二人の道中が始まったというわけです。

まあ、こんな会話からこの『噺』は始まって行くのですが、『この世』を厳粛な『死』によって卒業し、『あの世』にやって来た二人の男が人間が死んだあとに行かねばならない場所、例えば『三途の川』『閻魔の庁』地獄なら『血の池』『針の山』『釜ゆで』など恐怖の体験を面白可笑しくクリアーしていく、奇想天外、抱腹絶倒、『血湧き、肉躍り、骨笑い、筋泣く』。まさに『死』を明るい冗談事に置き換えたこの『地獄八景亡者戯』はまさに『日本的死生観』の独断場であると思います。

圧巻は三途の川の渡し船の船賃を決めるくだりでしょうか。『死に様によって値段が違うんじゃ』とは船頭の判定基準。例えばこんなのが・・・『わたい食あたりで死にましてん』『苦しかったか、辛かったやろ』『そらもうあげさげで、夜中に何遍も便所の往復で・・・』『わかった、49円!』『なんで49円になりまんの?』『何遍も便所に行ったやろ。せやからピチピチ49で49円や』『きったない計算やなあ』『あほ死に様に綺麗も汚いもあるか、さっさと払え!』てなやりとり。もう会場大爆笑、みんな経験済みなんですな。

登場人物も、三途の川の脱衣婆・船頭・閻魔大王・青鬼 赤鬼・人呑鬼・地蔵さん・キリストさん・ビリケンさんなど宗派を越えて多士済々。

正月の三ヶ日のめでたい日のテーマとしては打って付け!!この『噺』庵主は、わが心の師、桂枝雀師匠のが秀逸だと思います。いまごろ『あの世』で旨い酒をしこたま呑んでいる事でしょう。

『枝雀師匠!呑みすぎてそこから落ちて、生き人になったらあきまへんで』。『死人』から『生き人』への転換。この心、わっかりますかな〜。
是非CDかテープを入手されゆっくりと酒でも呑みながら聞き込んでみてください。「人生一安心」すること請け合いです。ではまた落語の世界でお会いしましょう。



阪神淡路大震災のモニュメント 東日本の震災も一日も早く復興し、みんなが笑顔になる日を祈っています 厳しい冬を寄り添いながら温め合って乗り越えましょうね By Jun 


2011年11月25日金曜日

酔花 風酔 自然法爾のおきどころ・言葉のアーカイブス <標高205m>

地獄八景亡者戯(じごくばっけいもうじゃのたわむれ)】



『正月や 冥土の旅の 一里塚 めでたくもあり めでたくもなし』。という古歌がありますが、人間この世に生まれてきた以上、いつかはこの世を去らねばならないと言った厳粛な約束事が存在します。

元気で生活している青年、壮年時代は『死』という事を考える時間も余裕もないものです。それは若さのエネルギーが『死』のマイナスイメージを凌駕しているからでしょう。

古典落語の中に、『地獄八景亡者戯』(じごくばっけいもうじゃのたわむれ)と言う噺があります。これは江戸時代に出来た噺で、忌み事である『死』を斜に見てそれを『笑い』に転換しています。『死』を怖いとか寂しいとかいう昔よりの思いから、『別段怖い事ないで〜』と言った世界へ引き戻してくれるのです。

私の知る範囲では、この『大ネタ』を高座にかけたのは、人間国宝『桂米朝』師匠と、その一番弟子今は亡き『桂枝雀』師匠でした。なにしろ長い噺で、前半、後半にわかれていまして、枝雀師匠も途中で5分程度の休憩を挟んで演じています。

通しで一時間と十分ほどの噺でしょうか。それだけに演じる人も余程体調の良い時しか高座にかけられないのではと思うくらいです。それとこの噺には、『鳴り物』が多く入っている事が特徴です。太鼓、三味線、銅鑼、お囃子など舞台の裏方さんに相当な演技力が要求されるのです。だから一門あげての高座となるわけです。

ボクは今日までこの噺を、『50回』以上聴いているでしょうか。だいたい同じ話は二〜三回も聞けば充分(これは日常生活の中での通常の話)ですね。よく年寄りが何回も同じ話をするのに、辟易とする事がまま有るでしょう。

そんな時は、『もう、聞いたがな』と言って手を額の前で振る動作をします。『充分です。その話はもう結構です』と言う意思表示ですね。ところが面白いと言うか、良くできた『落語』のネタ(噺)は何度聴いても飽きが来ません。それよりも聴けば聴くほどその噺の中に奥深く入り込んで行くのです。(明日に続きます)


大阪池田伏尾 久安寺の紅葉 Presented by Jun

2011年11月24日木曜日

酔花 風酔 自然法爾のおきどころ・今日の言葉 <標高204m>

【この世に必要でない人は、一人もいないのだ】


この木にとまっているのは『ルリタテハ』(蝶)

寒冷地では9月が生息のベストシーズンです

だのにこの子は11月18日に生きて飛んでいたのです

雪がふるというのにです 尊い命に敬意を表します


2011年11月23日水曜日

酔花 風酔 自然法爾のおきどころ・綱手女史よりの言葉 <標高203m>

【ザアカイという名の男】を読んで



綱手女史よりのコメント

こう考えてはいかがでしょうか。

神様はすべてお見通しであり、「いちじく桑の木」さえそこにあらしめておられる。

ならば、2000年の時をこえて現代の人間達が眼を開く事が出来るように、ザアカイを主の僕としてお遣わしになった。

ならばこそ、ザアカイはただ者ではない。今まで数限りない人々の胸に灯りを点してきた男。そうです、立派な『灯台守』だったのでしょう。


時は『永遠の今(Eternal Now)』の連続である。だから過去はない。唯一存在するのは『今の自分』そのものであろう。ザアカイが教えてくれたのはまさにその真理であった。By Jun




2011年11月21日月曜日

酔花 風酔 自然法爾のおきどころ・はつゆき <標高202m>

【初雪に祈る】



吾れ今、五官の世界を去って実相の世界に入る。

遙々と目路の限り眺むるに十方世界悉く神なり。吾十方世界を礼拝す。

天よ、ありがとう。地よ、ありがとう。空気よ、有難う。

火よ、水よ、雪よ、温かみよ、冷たさよ、天地一切のもの

神の顕れであります。ありがとうございます。

谷口雅春著 大日本神国観より

2011年11月20日日曜日

酔花 風酔 自然法爾のおきどころ・聖書に学ぶ <標高201m>


【ザアカイという名の男】

ルカによる福音書 19110



さてルカによる福音書は続けてこのように記しています。『ザアカイは急いで降りてきて、喜んでイエスを迎えた。これを見た人たちは皆つぶやいた。』『あの人は罪深い男のところに行って宿をとった。』1967

ここでこの光景をみていた人々から、イエスを非難するような雰囲気があったと言うのです。非難した人々は神に柔順な人達であり、かれらは自分達こそ神に愛されていると思っていました。それは確かにそうだったのでしょうが、ここで大切な事は、“人間はすべからく神に愛される資格がある。神は人間の過去を問わない”と言う事であります。

当時ユダヤ人にとっては、『アブラハムの子』という誇りがありました。アブラハムとは自分たちの父祖、『信仰の父』という意味です。なんとイエスは、このザアカイですら『その人の子』であると宣言されたのでした。

たとえ人々から蔑まれているザアカイであっても、掛け替えのない、祝福を受けてもいい人間だと認められたのです。続いてルカはかく記しております。

『しかし、ザアカイは立ち上がって、主に言った。』『主よ、わたしは財産の半分を貧しい人々に施します。また、だれかから何かだまし取っていたら、それを四倍にして返します。』198

そのイエスの深い祝福を受けてザアカイは、今までの様なお金中心の生活を止めますと宣言するのです。そこにはまさに『神様の眼差し』を受けて頭(こうべ)を垂れているザアカイならぬ私どもの姿そのものを投影しています。

ザアカイはイエスにより、『受けとめられた』のでありました。神により受けとめられている事を知った人は、生き方が強く変わっていくのであります。そこには目に見えない導きの手がいつも差し伸べられている事を知っているからに他なりません。

『イエスは言われた。』『今日、救いがこの家を訪れた。この人もアブラハムの子なのだから。人の子は、失われたものを捜して救うために来たのである。』19910

こうして徴税人ザアカイは、遠い日に彼の両親が願いを込めて名付けた名前に相応しい歩みを始める事が出来たのであります。神様のお計らいは全てにおいて行き届いております。例えばザアカイが先回りをしてイエスの来られるのを待った、“いちじく桑の木”も、その事のために既に用意されていたのであります。

今もその地には、ザアカイがのぼったという樹齢2000年にも及ぶ“いちじく桑の木”が現存するらしいのです。青年イエスの澄み切った瞳の輝きが甦ってくる伝道の一コマであります。

この尊い聖書の文章を再現させて頂いた光栄に深く感謝致します。またこのご縁を与えて下さった皆様有り難うございました。

今日の考えさせられた言葉・・・『人間は生きてきたように死ぬ。』


大空の雲の彼方より神の声が・・・By Jun



酔花 風酔 自然法爾のおきどころ・聖書に学ぶ <標高200m>

【ザアカイという名の男】

ルカによる福音書 19110

現在のイスラエルとヨルダンの国境に跨るように、死海(Dead Sea)が南北に横たわっています。日本人の我々にとっては何か恐ろしい響きの感じられるネーミングであります。その死海の北の端に、エリコ(Jericho)という町があります。

この町の事について少し勉強しておきましょう。エリコは、死海に注ぐヨルダン川河口から北西約15キロにあります。海抜マイナス250mの低地にあるのです。『スルタンの泉』と呼ばれるオアシスがあります。『旧約聖書』にも繰り返し現れ、『棕櫚(しゅろ)の町』として知られていました。

紀元前1500年頃のエリコは周りに壁を備えた都市だったのです。過去に異民族の来襲を度々受けた事からその防御の目的で建設されたのです。

今日の『ザアカイという名の男』のお話しの舞台こそ、今を遡る事2,000年ほど前のエリコでの物語であります。新約聖書・ルカによる福音書19110を読みながら進めてまいりましょう。

今回の登場人物は、『イエスキリスト』と『徴税人ザアカイ』の二人であります。聖書にはこのように記されています。

『イエスはエリコに入り、町を通っておられた。そこにザアカイという人がいた。この人は徴税人の頭で金持ちであった。』191〜2。

イエスは当時色んな場所に自ら出向いて行かれ、悩める人々や貧しい人々に神の道(福音)を説いておられました。これはその伝道行脚の中の物語の一つであります。

さてこの“ザアカイ”という男の名前でありますが、私ども日本人の名前に置き換えると“義男さん”といった感じであります。彼が生まれた時、両親が願いを込めて『義を行える人になる様』にとの願いを込めて名付けたのでした。

いつの時代でも両親というものは、我が子が将来世のため人のためになる人間に生長する様にと、『正夫、良太、善一』などと言った意味の名を授けます。この“ザアカイ”の親も子を思う優しい人であったのです。

さてところがであります。彼は生長して『徴税人』となってその結果お金持ちになっていました。当時のエリコでは『徴税人』という職業は人々から余り良く思われない職業であったのです。いわゆる人々から税金を巻き上げる怪しい人達の集団の一人でありました。

彼が金持ちとなったのも、人々から余分に巻き上げたその差額をポケットに入れて私腹を肥やしていたのです。当時のローマの手先となって人々を苦しめている“異邦人”として、軽蔑されていたのでした。

続いて聖書には『イエスがどんな人か見ようとしたが、背が低かったので、群集に遮られて見ることができなかった。』193。と記されています。

“ザアカイ”はイエスを一目見たいと思って近づいて行ったのでしたが、背が低かったため見ることが出来なかったと言うのです。普通なら背の低い人がいたら、『どうぞ前の方に』と行って場所を譲ってくれるのですが、ここに彼が住人から嫌われていたため相手にされなかった様子が窺われるのです。

イエスは当時のユダヤ人社会にあって、周りから見捨てられた人達のところへ出掛けて行ったと伝えられています。

続いて聖書は『それで、イエスを見るために、走って先回りし、いちじく桑の木に登った。そこを通り過ぎようとしておられたからである。イエスはその場所に来ると、上を見上げて言われた。』『ザアカイ、急いで降りてきなさい。今日は、ぜひあなたの家に泊まりたい。』1945

ここは非常に重要な描写であります。それは初対面であるにも関わらず、イエスから“ザアカイ”と呼びかけて下さったのであります。どうして私の名前をご存知なのだろうか? まして今日はぜひあなたの家に泊まりたいとまでも言われた。“ザアカイ”は驚きのあまり信じられない様子でありました。ここでイエスは、『あなたの家に泊まるのが私の義務である。』との意思を示されたのです。

指導下さった教会の牧師は、『神は全てを見通しておられる。名前も、居場所もすべて。』とお諭し下さいました。

明日に続きます。

2011年11月18日金曜日

酔花 風酔 自然法爾のおきどころ・高原の風景 <標高198m>

【干し柿を吊す】


ボンさんの畑にある渋柿を収穫してきました。お猿さんが囓ってしまわないうちにとってきたのです。皮を剥いて、湯煎をして、風通しの良い場所に吊しました。雪が降って寒い夜には、お茶うけになって体を温めてくれることでしょう。


Presented by Jun



酔花 風酔 自然法爾のおきどころ・言葉のアーカイブス <標高197m>


【庵主の『夢で会いましょう』】

Room No.4 女演出家の見た夢


女性演出家、安曇川麻沙美さん。夢が現実(うつつ)か、現実が夢か?まあ結構な人生ではあります。さてこの夢、『ガラスの壁』が設えてあります。

この『ガラス』は水晶の玉に通じています。よく占いの世界で怪しく輝く水晶球が置かれているのを見ることがあるでしょう。これは『心の中』を見つめる不思議な力があるのです。仏教の世界で、死者が行く『閻魔の庁』に置かれてある『場針の鏡』の様な物だと思って頂いても差し支えないでしょう。

ここでは、麻沙美さんの『心の中』では、何らかの『審判』を受ける事柄が存在しているのでしょう。でもそれは『善なる事か悪なる事かは』未だ判りません。それと『ガラス』は未来を予見する事もあります。まあこの『ガラス』が曇っておらず、周りが明るくハッキリと見えているのですから、『心配事』が発生する予告ではないようです。

それよりも、安曇川さんの交友関係(主に女性)の広さからくる、気持ちの配分に問題があるのかも知れません。これは、友人のみではなく親族・縁者の人々を含めての事です。ここでMちゃんとやらの持っている、キャリーケース。これはMちゃんが持ってはいますが、本当は安曇川さんが持っているのでしょう。たまたまMちゃんに置き換わったのではないかと推測出来ます。

キャリーケースは『カバン・バック』になるでしょうね。これらの暗示するものは、今自分が抱えている仕事、やらなければならない仕事。または今後、新たなる仕事に携わりたいとの思いなどが考えられます。それが盗られようとしている。

自分の今の仕事、環境の危うさがあるのかも知れませんね。例えば男性ならリストラに対する恐怖感。自分の能力を越えた仕事に対する不安感。それが『盗まれる』といった夢の内容で見えて来ます。ひょっとして麻沙美さん転職考えておられるのでは? それとも新しい仕事でも見つかったのでは?それは『キャリーケース』を取り戻した事に現れているようです。いずれにしても、今の環境から一歩、前進したい気持ちが充分読み取れる夢であります。

さて、庵主の『アジャリの鏡』に写った姿をお教え致しましょう。安曇川さんは、『食生活』に問題有りと出ています。甘いケーキを食べ続けている様子。辛い物も多く摂取していますね。脂っこい肉がどちらかというと多いようです。

これからは、もう少し野菜を食べる事が大切でしょう。そう言えば私とデイナーを囲んだ時、刺身に手を付けなかったですね。これも問題ですよ。煮て食べる白身の魚より生魚の方が健康には良いのですから。

これは余談でした。まあ、いつまでもその美しいスタイルを維持して下さいね。

夢は潜在意識の領域から浮沈してくるようです。明るい想念感情、積極的な考え方をもって生活するように努力すれば、その良きものが具象化し名実共に「夢の実現・Dreams come True」となるのです。ではまた。


2011年11月17日木曜日

酔花 風酔 自然法爾のおきどころ・言葉のアーカイブス <標高196m>


【庵主の『夢で会いましょう』】

Room No.3 女演出家の見た夢


安曇川麻沙美さんは、年齢はまあ20歳代では無いことは確か。ただそれが何歳?と言われても庵主には確かな事はお応え出来ないのです。というのは結構身体やお顔の手入れに時間とお金をかけておられる様子で、ぱっと見いではなかなか判断出来ないからなのです。

まずこの『夢』(臨床例・A-Z 010)の後半に出てくる『阿部寛』。この俳優は皆様よくご存知のかつて、雑誌『ノンノ』、『メンズノンノ』のモデルとして活躍しているまあ『イケメン男性』であります。

お酒が好きで、とりわけビールには目がない方で、『サッポロドラフトワン』のCMにて皆様も見ておられるでしょう(当時)。こんな事はどうでも良いのですが、さてこの女演出家は何を隠そう『イケメン趣味』であろうと思うのであります。その証拠に私の『透視』によりますと、美容院へ行くのも『イケメン男』がいる店しかご贔屓にしていないのではと見えています。なんだか嬉しそうな顔で話し合っている光景が垣間見られます。

この夢の根底に流れている『願望』は、『良い男』との出会い。例えば『袴田吉彦』などが好みではないかと・・・。若干ずれているかもと思いつつ。とは言え、『阿部寛』も『袴田吉彦』も血液型蟹座であります。

さて彼女の現在の『深層心理の願い』はさておき、この『A-Z 010』の舞台になっている『地下街』これは一体何を語っているのでしょうか。大きな範疇で『地下・地下室』と考えて見ましょう。夢判断の常識から言うとそれは、過去や意識の中で忘れられている物事を表しているのです。そこに自分をおく事は、過去の記憶をたどってみようとしている意識のあらわれか?

という事は、彼女の過去に人には言えない『ある男性』とのいまわしい?!過去が存在するのかも知れません。ただこんな事は誰でも一度や二度はあるでしょう(ホンマかいな?)。でもこの安曇川麻沙美さんは、職業柄『良い男』との出会いは日常茶飯事であった事は事実。

今では楚々とした感じではありますが、彼女の過去は案外発展的なイケイケ状態であったのかも知れませんよ。ここでちょっと休憩を頂いて、彼女の過去の『良い男』と今後何が起こるのかを、庵主の『辻占い』で観てみましょう。

ダイス・3の目が出ました。私にこう告げています。その夢(願望)は、『望みどおりに成功できます』と。【DICE ☆  ∞】

さあて、今日はここまで。やっとこれでもまだ入り口です。安曇川麻沙美さんに、神社の御神籤を引いてもらいました。『末吉』でした。DICE占いと違うようです!! ではまた明日。お寒いです、お体にお気をつけて、ご機嫌よう。

2011年11月16日水曜日

酔花 風酔 自然法爾のおきどころ・言葉のアーカイブス <標高195m>


【庵主の『夢で会いましょう』】

Room No.2 女演出家の見た夢

私の知人に、ミュージカルの演出をしている安曇川麻沙美さんがいます。とっても知的な最近稀な日本女性であります。その方には珍しい特技があります。といっても夜中に首が伸びて、『油をなめる』などと言う、純日本的な怪談夜話にでてくる『ろくろく首』ではありませんので、念のため。

彼女の特技はと言いますと、夜に観た夢をほとんど覚えているのです。それも支離滅裂ではなく、ドラマタイズメントとして明確に『物語』として脳裏に記憶しているのです。これはなかなか出来ることではありません。

かの有名な、ジークムント・フロイト博士ですら、『夢の大半は、目覚めと同時に忘れてしまう』とおっしゃっているのです。さて庵主の『夢で会いましょう』Room.No.2は女演出家こと、安曇川麻沙美さんの夢について考察してみましょう。

場所は、大阪梅田の地下街。人が大層賑わうショッピング街のガラスの壁の内側。まあ、この当たりが夢なんでしょうな。

すると、キャリーケースを持った友人のMちゃんが通りがかったのです。そこでガラスの中から、『Mちゃ〜ん、おいで!』と声をかけました。Mちゃんは、その雑踏の中にキャリーケースを置いたままこちらに駆け寄ってくるのです。

なんとその時、悪い男がそのキャリーケースを持ち去ろうとしているではありませんか。麻沙美さんは、『Mちゃ〜ん、盗られるで!』と叫びました。その声を聞いてMちゃんは、『まて〜!!』と言って、ダッシュで犯人を追いかけて、見事そのキャリーケースを取り返し、男は逃げて行ったのでした。

しかし、そのMちゃんが犯人を追う後ろ姿が、まるで『フィギアスケートの衣装かよ!?』ってなぐらいのピラピラのミニスカートで、それがめくれてなんと、はしたなくも、嬉しくも、彼女の「半ケツ」が見えてしまっているというのです。

あのニューヨークの地下鉄のマンホールの上に立つ、マリリンモンローとまではいきませんがね(この項、庵主の主観につきカット)。それを見ていた彼女の旦那が宣うた。『アイツ〜!冷える格好しやがって!!』と怒り心頭であります。旦那が犯人を追いかけたら良かったのにね(これも庵主の主観のためカット)。

さて一段落した麻沙美さんと友人のKちゃんは、ガラスの内側で炬燵(こたつ)に入っていました。するとガラスの向こうに白衣を着た俳優の『阿部寛』が歩いているではありませんか。麻沙美さんは、『アベちゃ〜ん、こっちおいで!』と呼び寄せました。彼はどこかへ研究にでも向かおうとしていたのです。彼はさも面倒くさそうにこちらに来て、一緒に炬燵に入り、焼き肉を食べました。

やがて食べ終わった時、奥のゴルフショップみたいなお店へ入りゴルフパターのマドラーを56本持って、嬉しそうにこう言いました。『カワイイやろ〜!買うてもたわ。これでやがな!』とクレジットカードを私たちに見せて、満足そうに研究に向かうため出て行きました。麻沙美さんとKちゃんは一言・・・『アホやな。アイツ』とつぶやいていました。

さてこの夢、ホンマに夢かいな?えらいハッキリしてるで。



明日に続きます。お楽しみに Imagined by Jun




2011年11月15日火曜日

酔花 風酔 自然法爾のおきどころ・森の友人 <標高194m>

【木の紋章】



Presented by Jun

ボクが名付けた『四次郎カエデ』。イチヤカエデの大木は四本の幹に分かれて天を突く。その幹に記された【木の紋章】は力強さと雪に負けない粘り強さの証です。

いま全ての葉を落としてしまった『四次郎カエデ』は、これからの厳しい冬に立ち向かう準備が整いました。そして雪が解ける来年の4月頃には、萌えるような緑の若葉を振るわせてボクの賞讃に応えてくれるのです。雪の壁が出来て、お前にさわれないかも知れないが声は掛けるから、共にこの冬を乗り切ろうな。




2011年11月14日月曜日

酔花 風酔 自然法爾のおきどころ・去年の今頃 <標高193m>

【初雪と紅葉】


Presented by Jun

去年の11月初旬、思わぬ雪が降って森の中では、まるで「京友禅」を敷き詰めたような艶やかさを見せてくれました。今年の紅葉はほぼ終わってしまいましたので、今週雪が降ったとしてもこのような景色は期待できないでしょう。

大きなイチヤカエデの木が、『雪がくるぞ』と話しかけてきます。昨日も幹に手を当てて話しました。この一年で木が話す言葉が少しずつ判ってきました。なによりの歓びです。

2011年11月13日日曜日

酔花 風酔 自然法爾のおきどころ・大きなキノコ <標高192m>

【カノシタ?】


Presented by Jun

敷地の中に大きな杉の木があります。夏頃から雨のあとなどいろんなキノコが周りに生えていました。昨日こんなキノコを見つけました。直径は10センチ以上あります。傘はいびつに上を向いています。図鑑を開くと形や色の具合が、「カノシタ」に似ています。

カノシタなら食べても大丈夫です。バター炒め、油炒め、また中華風に炒めて、片栗粉でとろみをつけ、餡にすると格別の味となるとの説明がありました。

でもぐっとこらえて写真を撮るだけにしました。万一毒があれば大変なことになります。ほんとキノコだけはプロでも見誤ることがあると聞きました。「そっくりさん」が存在するのです。いよいよ妙高高原も冬に入ります。今週中頃に初雪が降るとの予報がありました。

2011年11月11日金曜日

酔花 風酔 自然法爾のおきどころ・Time is Life <標高191m>

【時はいのちなり】

2度と帰ってこない今を大切に


この一瞬を切り取るのは大変だった By Jun

酔花 風酔 自然法爾のおきどころ・聖書に学ぶ <標高190m>

「五千人に食べ物を与える」

マタイによる福音書 第1413節~21


イエスは群集をみて深く憐れみ、とあります。内臓が痛むほど悩まれたのです。神様は奇蹟を行われるお方であらせられるが、簡単に奇蹟を行われないのであります。それは祈りつつ奇蹟を起こされるのです。

これらの食べ物だって、神様に祈ってさえおればそれを届けて下さるというのは間違いである。神様は私達を通して働かれるのであります。その事を忘れてしまって遠くから見ていてはなりません。そうです、祈りつつ働き、動き、仕えていく。

ここで言えることは、弟子たちの信仰はたいしたものではなかったことです。その食事に使われた5つのパンと2匹の魚は、一人の男の子が持っていたものだったのです。

それを使わせてもらったのでした。そんな弟子たちの姿勢に対してイエスは『あなた方が行いなさい』と言われたのです。私たちが何もしないところには、神は顕れ給はないのである。奇蹟を行い給う神は、私たちを用いて行われるのであります。

『パン5つと魚2しかありません』ここで・・しか・・と弟子たちが話したその・・しかないパンと魚とを用いられたのでした。イエスは常にその小さなところから始められ、用いられるのであります。

「すべての人が食べて満腹した。そして、残ったパンの屑を集めると、十二の籠いっぱいになった。食べた人は、女と子供を別にして、男が五千人ほどであった」 20節~21

神様の御業は小さいところから始められるのであります。私たちは全てが整ってから何かを始めようと思うが、イエスはほんの少しのものから始められた。『こんなにあるではないか』そう言って始められたのである。決して即座に奇蹟を起こさせなかったのである。神は私たちの行動の中に、知らず知らずの内に祝福を下さっているのであります。

バプテスマのヨハネが殺された事を聞くも、イエスは一切動ぜず、そのような中にあってさえも群集を見て奇蹟を行われた。弟子たちはここで一歩下がって、『もう止めましょう』と言った。イエスはそんな時でも群集を憐れんでおられるのであります。

この視線は今も私たちに投げかけられているのであります。私たちには、一人一人委ねられた人がいます。福音を伝えるべき人がいるでしょう。イエスはご自分が立たされたそんな状況の悪い中でも毅然と行動をされたのでありました。

<今日の心に響いた言葉>

なにかを為そうとする時、はじめから「出来ないのでは?」とか「これは困難だ、まず駄目だろう」と考えてはなりません。『汝らことを為そうとする時、既に得たりと信ぜよ』と書かれているではありませんか。現象に顕れている姿に一喜一憂するのではなく、その奧にある実相を見つめるのです。(庵主の一言)

2011年11月10日木曜日

酔花 風酔 自然法爾のおきどころ・聖書に学ぶ <標高189m>

「五千人に食べ物を与える」

マタイによる福音書 第1413節~21

聖書に福音書は4つあります。マタイ、マルコ、ルカ、ヨハネです。それぞれ独自の視点で書き記しています。でも彼らは同じようにはイエス様を伝えようとはしませんでした。

ルカは医者であり歴史家でもあったので、調べ物をして書いています。ヨハネはみんなが書いた後で、独自に書いています。それでもイエスの生涯の中で、十字架と復活は必ず書いています。だれもが漏らさず書き残しているのです。

ルカ、マタイはイエスの誕生のことを書いています。他に四人が書いているのは、この「五千人に食べ物を与える」という奇蹟であります。

現代人はこの話しを読んで、ある面バカにしています。そして当時の人々すらもそれは本心では信じていなかったようです。だからこそ私達はこの話から、何を知り、何を学ぶのか? また彼らはこの話を何のために書いているのかを掴まなければならないと思うのです。

聖書の言葉を紐解きながら進めてまいりましょう。

「イエスはこれを聞くと、舟に乗ってそこを去り、ひとり人里離れた所に退かれた。しかし群集はそのことを聞き、方々の町から歩いて後を追った」13

イエスは人里離れたところに退かれた。しかし群集が押し寄せたとあります。

人里離れるとは、人から離れることです。そこでイエスはその集まって来た人々に癒しを与え、御自分でお働きになったのです。

「イエスは舟から上がり、大勢の群集を見て深く憐れみ、その中の病人を癒された。夕暮れになったので、弟子たちが、イエスのそばに来ていった。“ここは人里離れた所で、もう時間もたちました。群集を解散させて下さい。そうすれば、自分で村へ食べ物を買いに行くでしょう」14節~15

弟子達は口々にこう言います。「自分でめいめい食べ物を買いに行かせましょうよ」この言葉の裏には、バプテスマのヨハネが領主ヘロデにより首を切られて殺されている。(141節~12節)今やイエス達にとって、この地は非常に住みにくい場所である。次にはヘロデの魔手はきっとイエスに及んでくるだろう。だからよけいに目立ちたくなかったに違いないのです。

「イエスは言われた。“行かせることはない。あなたがたが彼らに食べる物を与えなさい”弟子たちは言った。“ここには、パン五つと魚二匹しかありません”イエスは、”それをここに持って来なさい“と言い、群集には草の上に座るようにお命じになった。そして、五つのパンと二匹の魚を取り、天を仰いで賛美の祈りを唱え、パンを裂いて弟子たちにお渡しになった。弟子たちはそのパンを群集に与えた」
16節~19

イエスは弟子たちが尻込みをして、ここを立ち去ろうと考えているのをお感じになられて、「あなた方が彼らに食物を与えよ」と述べられ、弟子たちに用意しなさいと話されたのであります。

神様は我々にただ単に奇蹟を求める信仰ではなく、また漠然と祈るのでもなく、私達にその行いを求めておられるのです。


はたしてこの結末は  明日に続きます Imagined by Jun 






2011年11月8日火曜日

酔花 風酔 自然法爾のおきどころ・一日一禅 <標高188m>

              【禅語にふれる歓び】

       山は高く水は深し 虚堂録

修行をするなら、誰にも言わず、静寂のうちに修練をつんでいかなくてはならない。不動自然(ふどうじねん)の境地

京都紫野に大徳寺を創建した大燈國師・宗峰妙超の言。

                        庵主