2013年2月28日木曜日

酔花 風酔 自然法爾のおきどころ・ジャズパブ維摩 26 <標高556m>



Mr.フラナガンの父親は、若い頃日本に移住してきていた。それはある大学のイタリア語の教師としてであった。その父も亡くなって既に20年が経過していた。一人息子のフラナガン氏が神戸で事業を始めたのが今から15年ほど前の事である。

 船舶関係の、エンジン、部品、装飾品の販売が当初のビジネスであった。その後、フィットネスクラブの経営、今ではダイビングスクールのオーナーでもある。年に数回は、海外旅行を兼ねてのダイビングツアーなども手がけている。所謂、泳ぐ事、潜る事、身体を動かす事など人間の健康維持に関わるビジネスのなんでも屋であります。

Mr.フラナガンから聞いた話だが、彼の所有しているプライベートビーチは、イタリア、マルケ州の州都アンコーナにある。アドリア海に面しており、山、海とも景観が素晴らしく、果物やヴエルデイッキオを代表とするワインは殊の外有名である。それに加えて、アドリア海の海産物も豊かであり、日本からの観光客も多いと言う。

ここでTea Timeに致しましょう。ちょっとこのフラナガンさんのリゾートのある、南イタリア『マルケ州』に皆様をご案内致しましょう。

マルケ州は、アドリア海 Mare Adriatico側、半島の中部に位置します。州全体が、丘陵もしくは山岳地帯であり、平地は殆どありません。

 <フラナガンさんのP.ビーチのあるアンコーナAnconaとその周辺>

イタリア半島を長靴で言えば丁度ふくらはぎの一番高いところにあたる港でマルケ州の州都であります。食事はもちろんアドリア海でとれる海の幸を堪能できます。日本で言えば、伊豆、熱川、下田のような感じでしょうか?

建造物は15世紀のものを中心に、しっとりとした往年の佇まいを残しています。北の海岸線をあがるとセニガッリアSenigallia、ファーノFano、ペーサロPesaroと、海岸の有名な町が続いて、アンコーナ同様どちらも14 15世紀の名残を残しています。

 <ウルビーノUrbino

海岸の町ペーサロPesaroから内陸に上がったところにあります。州都アンコーナより観光地として人気があるようです。そこは丘の上のルネッサンスの町であります。ドウカーレ宮殿 Palazzo Ducale(現在は国立マルケ美術館が入っています)を中心に15世紀の町並みを楽しんでいただけます。ラッファエッロ Raffaelloの生まれ育った街としても知られ、生家も残っています。

 <フラサッシの洞窟 Grotte di Frasassi

内陸ファブリアーノの町の近くにある先史時代の大洞窟で、70年代に整備され一般に公開されています。1500mに渡る見学コースも整備され、お隣のウンブリアUmbria州からのアクセスもなかなか良いのです。

ウルビーノ・マルケ州はルネッサンスの宝庫として、旧市街全体が世界遺産に登録されています。ペーサロ・マルケ州はアドリア海の陶器の町としても有名です。私もいずれは訪ねてみたい街の一つです。

私は、宮崎駿監督の作品の中では、『紅の豚』が一押しなんです。もう20回ほど見たでしょうか。その中で、『マルコ』(人間が豚にかえられてしまった)が恋心を抱いている『ジーナ』さんがいます。お住まいはアドリア海の真珠と言われている、ある島に建つ邸宅です。アドリア海に咲いたお花畑の様な豪邸です。 ひょっとしたら、フラナガンさんのリゾートの近くだったのかも?

さて『アクアマリンKobe』を訪ねて来たその女性、そう海原沙織里さん。明くる日の朝9時頃、『維摩』から5軒北にある『アクアマリンKobe』の入り口に綺麗なブーゲンビリアの鉢植えを飾っています。そして大きな声で『お早うございます。昨日は有り難うございました』と私に挨拶をした。匂うような花の顔(かんばせ)が眩(まぶ)しかった。

フラナガンさんの会社にきた海原沙織里さん、さてどんな仕事に就くのでしょうね。私としても興味があり、目が離せません。

2013年2月24日日曜日

酔花 風酔 自然法爾のおきどころ・妙高山秀麗 <標高555m>



妙高山の霊気に包まれて生きている日々

毎朝『お蔭さま』と手を合わせて祈る

ボクは両親のお墓参りに出かけて来ます

明日は西宮から甲山に心を寄せて祈ります

2013年2月23日土曜日

酔花 風酔 自然法爾のおきどころ・これは大変だ <標高554m>

【豪雪の朝】


とうとうここまでやって来た雪の山と壁 昨年の冬を凌駕する今冬の雪の量に あらためて驚いた朝だ

この雪の山は3.5mはあると思う 今までは落葉松林の奥の景色は見えていた それが完全に見えなくなったのは初めてのことだ  
2階の窓が完全に塞がってしまいそう

今日は一日がかりで 家の周りに積もった雪を取り除きます
機械などは何も持っていませんので ショベルを使ってマンパワーで対応しています

これ以上の大雪が来年以降も続くとするならば 除雪機の導入も考える時期にきているのかなと思った朝の気持ちです

(庵主の日時計日記:自然と私)より


2013年2月21日木曜日

酔花 風酔 自然法爾のおきどころ・ミスターX 現わる <標高553m>




いつの間にやって来たのか ミスターX

するどい目つきにちょっと引いたが

おそるおそるシャッターを切った

『そんなに怖がらなくていいよ 俺 ともだちいないんだ』

『仲良くしてね』そう言いながらミスターXは 

ちょっぴり悲しい顔をして涙を流した



『わかったよ ボクと君とは友達だ』

『これからも宜しくね』『あ り が と 

(庵主の日時計日記:みんな友達)より

2013年2月20日水曜日

酔花 風酔 自然法爾のおきどころ・ジャズパブ維摩 25 <標高552m>




神戸もどこにおとらず9月の残暑はまだまだ厳しい。港には大きな造船所が二つあって、大型タンカーや海上自衛隊の潜水艦までが建造されている。その造船会社の友人に誘われて、私は生まれて初めての『進水式』なるものを見学に行ってきました。

お供は、あの疾風真麻さんと、安曇川麻実さんの美女二人を携えてでありました。その日は『リベリア』船籍の貨物船の進水式が行われたのです。関係者が集まって、消防音楽隊が国歌を吹奏する中で、舷側の紅白の紐に吊された日本酒の瓶が船首にバウンドしてパカッと割れた。飛び散る酒が陽に映えてかすかに虹を掛けた。

句須玉が割れると、あたりには一面の花吹雪と五色の風船が舞い上がった。参列者の盛大な拍手におくられて、貨物船は母なる水面に浮かび、無事進水しました。昔は鯨油などを使って船を滑らせたようだが、今となっては鯨油が手に入らないとの説明でした。

詳しい進水式のあり方は、後日友人から酒の肴にじっくりと聞くことになるので、それに譲りましょう。ハヤマさんとマミさんは殊の外感動したらしく、しきりにデジカメで写真を撮っていたようだ。

船員さんの真っ白な制服と、足の長い格好良さに二人とも感じいったらしく暫く口をきかなかった。お陰で私は静かに進水式の余韻を楽しめたというもの。今度の庵主様の作・演出のミュージカルは、昭和初期の神戸の港を舞台とし、アメリカの豪華客船の船員と神戸裏町のカフの日本人女性の悲恋物語らしい。

演出助手、安曇川麻実さんも神戸港での進水式に、その頃のといってもまだ彼女は生まれていないのですが、せめても雰囲気だけでも感じ取ったようでした。ハヤマさんは、ヒロイン役であるので、自分とリベリアの若い船員を、ミュージカルの舞台にオーバーラップさせたのではなかったでしょうか? いずれにしても、素敵な秋の一日でありました。

9月も半ばを過ぎた頃のことでした。朝から良いお天気で、『維摩』のドアーを開け放って、清(すが)しい風を店に通していました。ジャモウとランジェは大きなアクビをして外の大屋根へ上って行った。今日あたりドーベルマンが煉瓦道を通りそうで、また驚かせてやろうと待ちかまえている様子である。

私がおもての掃除をしていた時、一人の女性が角を曲がって路地に入ってきた。なにかを探しているような感じで、周りの会社の看板や表札を確認している。私の前に差し掛かって、おもむろに足を止めた。

『すみません、この近くにアクアマリンKobe という会社、ご存知ないでしょうか?』と言った。小麦色に日焼けした顔と、歯の白さが印象的な女の子であった。肩に大きなバッグを担いでいる。その女性はフィットネスクラブのインストラクターのような感じがした。

首からIDカードのようなものを下げている。そこには『海原沙織里』(かいはらさおり)と記されてある。

アクアマリンKobeの社長、Mr.フラナガンと私とは旧知の間柄であった。彼はつい最近イタリアから帰って来たと言っていた。私はアクアマリンKobeの前まで彼女を案内した。『ありがとうございます。助かりました』と深々と礼をした。胸元からサンバーンした水着のあとが見えた。

フラナガンさんを訪ねてやってきた一人の女性。彼女は神戸の街によく似合う、海の匂いがしていた。アクアマリンKobeにどんな用があるのだろうか。煉瓦路西入る、今日も色んな人が去来する。まさに『来夢来人』(ライムライト)である。


進水式からの帰り 海沿いの小さなカフェでお茶を楽しんだ By Jun



2013年2月19日火曜日

酔花 風酔 自然法爾のおきどころ・大パノラマ <標高551m>


【赤倉観光ホテルより】


赤倉観光ホテルより斑尾方面を望む

天空の露天風呂に入って下界を眺め

日本の素晴らしい空の色に感動した

2013年2月17日日曜日

酔花 風酔 自然法爾のおきどころ・嵐の前の静けさ <標高550m>



大雪が降る前の夕方 西の空が不気味な色を発していた

そして明くる日 この冬一番の大雪がやってきたのだ

ボクの住む山沿いでは 50センチ〜80センチは積もった

そんな中 昼神温泉(長野県)に向けて車で出かけたのだ

午後3時にスタートして なんと温泉にたどり着いたのは

夜中の12時半でありました(普通なら2時間半で着く距離)

恐怖のアイスバーンの山越えの道を3時間 必死の思いで走り

続けた  

温泉に入ってまず 生きていた事に 心底感謝したのだった 

(庵主の日時計日記:ありえない話)より

2013年2月14日木曜日

酔花 風酔 自然法爾のおきどころ・ジャズパブ維摩 24 <標高549m>


株屋の浜ちゃんと、新谷暁子さんことあきちゃんの結婚話も序々にではあるが進んでいるようでありました。この秋に三宮の生田神社で式を挙げようという計画らしい。仲人さんに『庵主様』をとお願いしているようだが、庵主様はここのところ忙しいらしくまだご返事は頂けていない。

あきちゃんのお兄さんは今、小さな割烹料理のお店を開く準備をしている。場所は神戸から宝塚方面へ電車で1時間ほどの阪急沿線、清荒神の近くらしい。庵主様の家作の一つが、たまたま空いたので、手入れをするらしいのだ。

お店の名前は、みちのく割烹『気仙沼』。彼の地元の漁師仲間や学校時代の友人から気仙沼の魚や名産を取り寄せるとの事。新在家甲六師匠など、今から大層楽しみにしているようだ。

新谷誠さんこと、まこっちゃんは、みちのく割烹のケルン酒(メインのお酒)に池田の銘酒『呉春』を置きたいらしい。私がその口ききをする事にした。お店は当面あきちゃんがお手伝いをする。開店は12月の初め、大安を予定しているとのまこっちゃん”からの話でありました。その頃は、浜ちゃんと、あきちゃんの新所帯もきっとスタートしていることでしょう。

お盆が過ぎて、神戸の下町では『地蔵盆』が始まろうとしていた。あちこちの街の角にお祀りしているお地蔵様に綺麗なお飾りをして、提灯を引き回して夕方から灯りを入れる。子供達が学校から帰ってきたら、めいめい袋を持って街のお地蔵様を訪ねてまわる。

大人達は、その袋にお供えのお下がりのお菓子を入れてやる。地蔵菩薩は元来インドでは、女性と子供を護る仏様でありました。神戸の街に地蔵盆が始まると、季節はそろそろ秋に衣替え。今まで海から吹いていた風が、六甲山や再度山、摩耶山から吹いてくるようになる。 川に群れていたユリカモメも少しずついなくなってしまう。それでもまだ残暑の陽はきつい。陽が落ちてビルの谷間に夕闇が迫る頃、旧居留地海岸通り、煉瓦路西入る『ジャズパブ 維摩』にも灯りが点って、今夜も近くの会社帰りのサラリーマンや、常連の面々が集まってくるのです。

ジャモウとランジェがドアーの前にちょこんと座っている。庵主様が『おお、まるで神社の狛犬、いやいや狛猫のようだ』と言って笑いながら入って来られた。ジャロメナイス(ジャモウ語で、この人大好き)と言ったのを、庵主様は背中で聞いている。ランジェの背に夕暮れの残照が美しい。

『いっしゅはん、この前ほら、・・・なんちゅうたかねえ。あの・・・』庵主様にも加齢から来る物忘れが・・・・。『ほら、あのではわからんですよ、ひょっとして宇野さんの事?』『そうそう、その宇野さん、いや芹沢さんが正しいのか?いつ来られるんじゃ?』。『お気に止めて頂いて有り難うございます。10月の89日だそうです』『ああ、そういやあ連休だな。ところでその信二さんとやらは松山でなにをなさっておいでか?』『手紙によると、農業とか』。

『でも思い切ったものじゃな。自分から養子にと・・』『そうそう、なんでも今回の神戸旅行ではあの西宮市の甲山へ詣でるとか』『甲山へ?一体どうして』『なんでも二人の恩人ちゅうたら可笑しいが、甲山が恩山らしいんで・・??』。

さあ、信二と祇乃が初めて出会った秋田十和田の『十和利山、迷ヶ平』と見えない糸で繋がっている兵庫六甲山系『甲山』。またこの不思議なお話を携えて、信二と祇乃は晩秋の『新婚の旅』に出るらしいのです。



眼下にひろがる西宮市と甲山 By Jun