2013年1月28日月曜日

酔花 風酔 自然法爾のおきどころ・ジャズパブ維摩 21 <標高541m>



ドアーがあいて入って来たのは、気仙沼から来たというニヒルな男、白マフラーならぬ白スカーフの男でありました。なにやら背負っている様子。男の背中からあの優しい顔がのぞいています。

『いっしゅはん、ジャモウじゃ、ジャモウが帰ってきたぞよ!』と庵主様。私はその時、涙が流れて前がまったく見えていない。全員が白マフラーの男をとり囲んだ。お雪さんはその時その男と一瞬目があった。お雪さんの目にも一杯の涙。逃げるように奥の部屋に駆け込んでいった。看板娘さんも、『ランジェ』を下ろす。ジャモウはもうランジェの傍に行って顔を擦りつけている。

ここまでの事情は白マフラーの男が話した。都度、看板娘さんもコメントを入れる。ジャモウはいつもの薪束のそばに、ランジェを連れて行った。先に飛び上がって、さあおいでと彼女を促している。ふわっとランジェは飛び上がった。そしてジャモウの深い毛の中に身体を埋めた。

このようにしてこの猫たちは、寒い再度山の山中を生き延びていたのだろう。庵主様はちょっぴり寂しそうなお顔つきだ。私は早速お祝いの準備を始めた。ところがお雪さんの姿が見えない。いま入ってきた白スカーフの男との再会にとまどっているのだろうか。私は奥の部屋に入ってみた。泣いているお雪さんがそこにはいた。私は肩を二度ほど優しく叩いて、店に戻るように促した。

私は集まっているみんなに、乾杯用のビールを注ぎ終わるとこう話した。『皆さん、ジャモウが帰って来ました。可愛い恋人まで連れています。この子もこれから維摩の住人になります。それと嬉しいお知らせがあります』。全員ちょっと驚いた様子。『この白スカーフの方はジャモウの恩人であると同時に、ここにいるお雪さんのお兄さんです』。まわりから、ええっ!!という驚きの声が上がる。

『さあお雪さん』と私は彼女を呼んだ。『あんちゃ〜ん』と言ってお雪さんはお兄さんの胸に飛び込んでいった。またまた涙である。お兄さんが『維摩』の皆さんにお礼を言って、乾杯をした。こんな素晴らしい夜は、私もいままで経験したことは無かった。

お兄さんの名を新谷誠(しんやまこと)、妹のお雪さんは、新谷暁子(しんやあきこ)と言った。『糀屋』さんの看板娘さんも、みんなと楽しそうにやっています。甲六師匠や浜ちゃんは早速、『すじ玉丼』を食べに行く約束をしているようです。

こうしてジャモウ失踪事件は、ハッピーエンドになったのでした。新谷兄妹の出会い、浜ちゃんと暁子さんとの恋の行方。そしてハヤマさんのミュージカルはこの後どうなるのでしょうか。

もう季節は四月の半ばにさしかかっていました。そんな頃マスターこと私の体調に異変が生じたのでした。好事魔多しとはよく言います。ジャモウが行方不明になった頃から体調の変化に気付いてはいた。まず疲れがなかなかとれない。年齢からくるものだろうと思ってはいたが、午後になるとなんとなく熱っぽい。頭がフラフラする事もあった。

お雪さん(新谷暁子)は、数日して兄の住む場所に帰っていった。夜だけ『維摩』に手伝いにきてくれている。

ジャモウとランジェは睦み合って、今も眠っている。さまよい続けた疲れを彼らも癒しているのだろう。私も人生の四分の三はすでに歩いてきた。このあたりで車なら車検、人間なら人検をする時期ではあった。神戸の市民病院に検査の予約を取ったのは四月の桜が散って、若葉が芽吹いてきたゴールデンウイークの少し前であった。

あれあれ、ジャモウが帰ってきたとたんに、いっしゅはんは病院へ!『維摩』の夜はこのあと一体どうなるの?もう物語終わってしまうの?みんなの心配が、今夜も煉瓦路を行き交っています。


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