2014年2月1日土曜日

酔花 風酔 自然法爾のおきどころ・花一輪 恋の笹舟 (標高 858m)



花一輪・恋の笹舟 (四十四)

道諦・歩む・八正道・正定(しょうじょう)

心ならずも順心の肌に手を添えたときの胸の震えが、微かに秘められていた「女」の情念に燈を点じたのであった。小さな湯殿に入って、冷たい水で胸を濡らした。じっと目を閉じて順心を思う。手で押さえた乳房の奥でチロチロと燃える熱いものが野火のように燃え広がって、全身を包み込んでいく。その時、尼の意識は果てしのない虚空を彷徨っている。

『尼様、どこにおられますか? 順心です、春禰尼様』。遠くで誰かが呼んでいる声が聞こえている
『尼はここに・・・順心様』声をあげて応えようとしているのだが、意識は遥か彼方の無限界に飛んでいて戻っては来ない。

薄い襦袢を身にまとっているだけの尼にとって、春とはいえ夜は冷える。その時順心は灯りの点いている湯殿の前にいた。今、尼は湯浴みをしているのだと思った。しかし何の音も、もれてきはしない。立ち去りかけて、今一度耳をすませてみた。順心はそこに、ただならぬものを感じて思い切って湯殿の戸を開けた。狭い湯殿の床には、薄物を身にまとった尼が倒れていた。『ごめん』と、一言だけいって湯殿に足を踏み入れた。そして尼の体を膝の上まで抱き上げたのであった。

体にはり付いた肌襦袢が妙に寒々しかった。『尼様!尼様!しっかりして下さい!!』と声をかけて体を揺すった。順心の胸に抱かれて、ようやく尼の体にも暖かさが戻ってきた。しばらくたって春禰尼はうっすらと目をあけた。その目からは、涙が幾筋も流れおちた。順心の胸に抱きよせた小さな肢体はこきざみに震えている。

順心はその体を、いっそう強く深く、丸めるようにして抱いた。互いの胸の鼓動は、まるでそれが一つとなって溶け合うように打ち続けていた。『み仏よおゆるしを』と、唱えながら、二人は限りない愛欲の淵に落ちこんでいくのを感じていた。そこにひろがっていたのは、不壊なる常楽の園ではないか。春禰尼も順心も互いの人生の中で、唯一無二の時間の中をまさに今、さまよっていたのである。それは二人が共にした、生身の人間の眞の姿であったのかも知れなかった。

外にはもう、春の曙がせまっていた。


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