2013年2月8日金曜日

酔花 風酔 自然法爾のおきどころ・ジャズパブ維摩 23 <標高546m>


住所は愛媛県松山市である。差出人は芹沢 信二となっている。私には覚えのない氏名であった。取りあえず封を切った。文面にはこう書かれてあった。

『私の前の名前は、宇野信二です。この度愛媛県松山市に住まいをする事になりました。以前神戸におりました時は、井筒様には一方ならぬお世話にあいなり心よりお礼申し上げます』。ここまで読んだ時、私は宇野信二が誰であるか判ったのである。
  
ただ宇野が市会議員の時、有名私立校の不正入学にからむ汚職で追われる身となり、彼が自首して一件落着するも、その後裁判が行われている事は知っていた。そしてつい最近判決がおり執行猶予つきの懲役2年という事であった。

『貴方もご承知の通り私は、有名私立校の不正入学にからむ汚職行為で裁判中でしたが、この度結審し執行猶予付の判決と相成りました。ついては、以前より親しくしていました、芹沢祇乃(せりざわしの)と結婚を致しました。私が芹沢家の養子に入り、現在愛媛県松山にて、祇乃の母親と三人暮らしをしております』

『近日中に祇乃を伴って、神戸に出向く用事が出来ましたので是非一度貴方にお会いしたく一文を認めたような訳で・・・・』との内容であった。どのような経緯があって、彼が松山へ養子になって行ったのかは、全く判らなかったが、いずれにせよ久しぶりの再会に心嬉しく、私も手紙を出したのであった。

梅雨がやっと終わって神戸の街にも初夏の風が吹き出した。疾風真麻さんは、秋の舞台の練習に余念がない。そんな頃、庵主様がフラッとドアーを開けて入って来られた。なにか生き生きとしておられる。

『庵主様、益々お元気そうで、なにか良いことでも?』『判りますか?いやね、最近芝居の練習で若い人とお付き合いしているもんでな、ははは・・・』『そうなんですか、若さを吸収してそれで艶やかなんですね』と私。

『いやそれだけじゃないんだよ。演出助手がついてね。これがいい娘なんだ』『庵主様お一人じゃ、そりゃ大変だもの』『それがまだ大学を出て間もない女性でね、ピチピチしとるんぜよ』『庵主様、よだれ、よだれ!ほら拭いて!』『ばか!ふあっふぁっははは・・・』と二人で大笑いをしたのでありました。

『もうそろそろここに来る頃なんだが』『その演出助手の女性がですか?』『ハヤマさんと一緒にここで待ち合わせなんだよ』。そう言い終わらない内にキャアキャアと賑やかしく二人がドアーを開けて入って来た。

『こんにちは!庵主様、いっしゅうさん!』ハヤマさんの元気な声でジャモウとランジェが目を覚ました。『まみさん、ほら可愛いでしょ。このモジャモジャな子がジャモウちゃん。こっちの小ちゃいのがランジェちゃん。三毛猫です。三毛ランジェが名前の由縁』『可愛ゆい〜〜!ジャモウちゃん、ムクムクしてる。今日は!』。まみさんが、優しく猫たちを撫でている。『いっしゅはん、紹介しておこう。こちらが私の助手、まみさん』『安曇川麻実(あづみかわ まみ)です。宜しくお願いします』『いや、こちらこそ宜しく。ここのマスターこと、いっしゅはんです』『いっしゅはん?、一休さんみたい』。あんまりうまく嵌ったものだから、4人でまた大笑いとなった。

もう三人で打ち合わせが始まったようだ。私は早速お茶の準備をはじめた。時々庵主様の厳しい声が聞こえてくる。普段の庵主様とは人間が全く違った様に見える。それは芝居の作者としてのプロフェッショナルの言葉であり、面構え(つらがまえ)でもあった。

庵主様が素人ミュージカルの台本を書くというのも珍しい事だが、その演出までも引き受けたとは、全くもって不可思議千万。それに若くて可愛い、演出助手までつけて。それぞれの上にも忙しい秋がそこまでやってきていた。そうそう、芹沢信二と祇乃さんが神戸に来る日も近い。


焼きたてのパンをどうぞ By Jun



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