2014年12月24日水曜日

酔花 風酔 自然法爾のおきどころ・【男達の黄昏・・そして今(16)】(標高 1042 m)


【男達の黄昏・・そして今(16)】

 さて周さんを囲んでの土曜競馬から早くも二週間が過ぎていました。黄昏斑の面々はその間各自決められた役割に従って、空き巣狙い捕獲作戦に注力していました。沼ちゃんも二日に一回は、リチャード先生のお向かいのお家のベランダから先生の家の監視をしていました。徳さんは、ここのところ奥さんの調子がイマイチなので病院へ連れて行ったりでなかなか時間が取れなかったようでした。警察も今まで以上にパトロールをしてくれている様で、泥棒もそう簡単には動くことが出来ないのではと思えるのです。

 周さんはその間自分で何かしっくりこない問題を追いかけていたのです。それはこの犯人が『縫いぐるみおたく』であるという事実についての事でした。今までに少なくとも60個の縫いぐるみを持ち帰っていると思われるのです。いったいそれをどうすると言うのでしょう。部屋に置くのも大変です。そんな疑問を持ってああでもない、こうでもないと考えながら散歩をしていました。そんな時、ふとある調べ物をするため市立図書館を訪ねました。

 団塊の世代と言われる人にとって、退職後の時間の過ごし方には誰しも頭を悩ませるものです。その結果、市の図書館へ出向いて行く事がとっても良い事だと気づくのです。まず静かである、そして冷暖房完備、勉強が出来るテーブルがある。そして読みたい本はほとんど揃っている。それに加えて、週刊誌、月刊雑誌なども閲覧できるのです。ただしこれらは貸し出しはしていません。最近の図書館はコンピューターで蔵書の管理をしています。どの本が今、誰に貸し出されているか。また何がいまこの図書館にあるのかも一目瞭然なのです。それに加えて、自宅のパソコンから本を借りる予約もできますし、在庫の有無もわかります。また借りて帰った本の期間延長も予め手続きをしておけば簡単に出来るのです。だから中年男性の姿が結構多いのであります。

 周さんもご多分に漏れずそのメンバーの一員であります。その日彼は北海道の馬産地の件で調べたい事があって市立図書館に来ていました。午前中でほぼ目的は済んだので帰ろうと立ち上がった時、横のテーブルにバインダーで止めた市政ニュースがありました。彼は何気なく拾い読みをするようにパラパラと捲っていた時、ある小さな記事に目が止まりました。そこにはこんな内容が書かれてあったのです。

 『保育所に可愛い縫いぐるみが』と題して、『二ヶ月前にある男性(匿名希望)が、可愛い犬や熊の縫いぐるみを沢山寄贈して下さいました。子供達は喜んで犬や熊さんと遊んでいます。有り難うございました。』
ほんの小さなスペースを使ったお礼の文章でした。施設にとっては昨今、予算の厳しいおりから、有り難い事であります。これを読んだ市民も喜んでいると思います。周さんもなにか心がほのぼのとしたものでした。図書館を出て、大きな教会の側を歩いていた時何かハッと頭の中にひらめいたものがありました。彼はあの市政ニュースをもう一度調べてみようと考えたのでした。

 明くる日彼は早速市役所にやって来ました。広報課のカウンターに座って、市政ニュースの綴りを見ながら、担当者となにやら話をしています。『この記事に関しての事なんですが、この縫いぐるみを寄付した方のお名前など教えてもらえんですかねえ』『これは、ご本人から匿名でと言うご依頼があったので、保育所でもお聞きしなかったようです』『そうですか・・それは仕方ないですね。ところでこの保育所は、山麓保育園ですよね?』担当者は席を外して奥に入って行きましたが、暫くして戻ってきてこう言いました。『その通りですが、現地に行かれてもこれ以上はわからないと思いますよ。ところで一体何故それが必要なのです?』と反対に質問してきたのである。

 周さんは、『ちょっと気になる事がありますので』とだけ言って、市役所を後にしました。そして『山麓保育園』に足を運んだのです。そこは市の山手の静かな環境の中にある古い保育園です。彼が訪ねた時はちょうど昼食が済んだ頃でした。その日園長先生は不在とかで、男性の職員が応対してくれました。外では子供達の楽しそうな声がしています。山の手であるため、まだ山桜が咲いているのです。

『実はこの記事の事でお伺いしたのですが』と、それを示して話し出しました。『この奇特な方のお名前などが分からないかと思ってお訪ねしたのです。』『これは無理ですね。この施設には皆様、色んなものをご寄付頂いております。結構匿名でと言う方が多いのです。』『その場合は、記録を残さないのですか?』『そうですね、プライバシーに関する事はまず・・・』『この男性に対応された方は?』『はい、それは私でした』『その時の事少しお聞かせ願えませんか?』『もう二ヶ月も前の事ですから、はっきりとは覚えていませんよ。』『わかる範囲内で結構です。お手数お掛けします』と言って周さんは質問を始めたのです。


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