2015年1月14日水曜日

酔花 風酔 自然法爾のおきどころ・【男達の黄昏・・そして今(21)】(標高 1056 m)


【男達の黄昏・・そして今(21)】

 アシスタントの谷水洋次が部屋の掃除をしていた時、黒縁のメガネを見つけました。確かこれは今日の『川上ノボル』さんが掛けていたものです。さあて、お返ししようにも住所も判りません。クリスマスにでもまたと話していたので、その時に返そうと考えました。

 さて下町の路地の奥、家に帰り着いた男はバッグを下ろして一息付きました。タバコを吹かせて、メガネをと思った時それが無くなっているのを知ったのです。奥の部屋に行き、大きな洋服タンスの扉を開けたときそこには沢山のメガネ、帽子、かつら、付けひげ、マフラーなどが所狭しと並んでいます。それはまるで、劇団の小道具部屋のようでもあり、スパイ小説にでてくる変装部屋のようでもありました。

 ここ市警察の会議室の中、香山部長刑事と話し込んでいる一人の女性、それは天宮真智子婦警です。彼女はベテランの婦人警官であります。現在香山部長刑事の部下として、窃盗犯の捜査に携わっています。彼女は、先日の明石屋での事を報告しています。『休暇中なのにご苦労でした。』と香山。『深沢周八さんの鋭い感性で、手がかりが掴めたようです。』『その縫いぐるみを寄贈した男の事は、早速こちらでも調べてみよう。』『明日にでも私、山麓保育園に行ってきます。』『そうしてくれ。その男は、匿名とかで動いているそうだから慎重にな。』『はい承知いたしました』。天宮婦警は立ち上がると、敬礼をして部屋を出て行きました。

 リチャード先生のお向かいの家には、沼さんが張り込んでいるようです。何か手持ちぶさたなもので、庭の草抜きなどをしています。その間もたえず先生の家に目をやっているのです。今日も何事もなく終わろうとしていた夕方5時頃だったでしょうか。先生の家の前を一人の男性が通りかかりました。野球帽を被り、太い黒縁のメガネをかけ、顔は髭面。何度か立ち止まって周りを見ていましたが、しばらくして男は坂道を下って行きました。

『あっ、デイバッグだ!マスコットは・・無い・・』。沼さんは今まで聞いていた男の容貌、風貌と違うためその男に特に注意はしなかったのですが、なんとなく気になったものですから、後を追うように外に出ました。胸の動悸が聞こえてくるほど興奮している自分を押さえながら坂道を下って行きます。男とは100メーターほどの距離があるでしょうか。男は3丁目の交番の前を何事もなく通り過ぎて行きます。その時交番には島田巡査の姿は見えませんでした。男は街中に出て、途中本屋に立ち寄り、繁華街の商店街を通り抜けて、とある下町の家や食堂、飲み屋が立ち込む狭い路地に入って行きました。

 沼さんはその路地の入り口で立ち止まりました。ちょっとその奥へ入って行くのを憚られたからでありました。その男の入って行った地番を手帳に控えて、携帯電話のカメラでその周辺の風景を撮って回れ右をしたのでした。もう辺りは真っ暗、余り来た経験のない土地。少し心細くなったもので足早に戻ってきたのです。彼はその途中、考え事をしていました。メガネ、髭面、マスコットの付いていないデイバッグ、頭初聞かされていた風貌と違っています。唯単なる人違いだろうか? しかしリチャード先生の家の近くで立ち止まって何かを見ていた仕草がどうも腑に落ちない。半信半疑の気持ちでようやくのこと夕陽丘5丁目の自宅に帰り着いたときは、まさに疲労困憊の呈でありました。


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