2011年2月10日木曜日

酔花 風酔 自然法爾のおきどころ・言葉のアーカイブ <標高25m>

【ヴィオロンとマグネット(慎次郎とロジーナの青春より)4】

二度と訪れないだろうこの日、この夜、それは若い二人の上に神が与え給うた、最初にして最後の「愛の時」であったのかも知れなかった。二人はその「愛の時」に向かって一艘の「本能の小船」に乗って出航していった。

時には優しく、ある時は荒々しく、止まり、また漕ぎ出し、目眩(めくるめく)襲ってくる陶酔の中で二人の体はお互いに溶け合うように絡(から)み合い、縺(もつ)れ合った。「本能の小船」の中で疲れた四肢を休ませながら、夜の底が白くなるまで幾度となく求め合い、満ち足りた抱擁を重ねあったのである。

慎次郎はその朝、彼女からひとつの小さな宝物をもらっている。それは馬蹄形の磁石であった。この北ドイツでは、男女の恋が成就出来るようにとの願いと祈りを込めて、このマグネットをお互いに持つ習慣があった。

それはどんなに遠く離れていても、いつも二人は引き合っているとの思いがその磁石に秘められているらしい。彼はそれをカバンの底に入れて、昭和15年も押し迫る頃、任務を終えて木枯らしの泣く東京に無事帰ってきたのである。

ドイツでの「紀元2600年奉祝行事」は大盛会のうちに終了した。ロジーナ母娘も祝賀会にベルリンまで来てくれたのであった。後ろ髪を引かれる思いを持ってロジーナと別れてきたことが、いまだに慎次郎の心を締め付けるのであった。

数年後、ドイツも日本も戦いに敗れ国土は荒廃し、人心は乱れ、國やぶれて山河ありと言った様相を呈していた。紫野慎次郎は、生き長らえて福島県会津に戻っていた。やがて結婚をして家庭を持った。その頃から、彼の目に映っていた景色が、少しずつ満月が欠けていくかの様に視野を狭くしていったのである。ロジーナとは日本が戦争に突入して以来音信不通が続いていた。

彼の目の不具合は、何が原因かは分からなかったが、過去の厳しい勤務からくるストレスがそうさせたのかも知れなかった。そして10年を経ずして、光は彼の目から序々に離れていったのである。会津の生家の縁側に座って、内務省に勤務していた頃の思い出を紡ぐのがその頃の彼の日課となっていた。妻も彼を助けて献身的に仕えてくれていた。

やがて息子夫婦に女の子が生まれて、慎次郎も爺になった。孫と日がな遊ぶのが何よりの喜びでもあった。その時も慎次郎の胸のポケットには小さな馬蹄形のマグネットが入っていたのであった。


5 件のコメント:

  1. こんにちは♪
    今日は大阪にも雪が積もりました
    起きると外が明るくて、窓の外を見てビックリ!
    そして今も降り続いています
    今日は休日でよかったぁ
    車も自転車も乗れず、徒歩で買い物です
    かすみ草

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  2. こんにちは

    今朝からこちらは冷たい雪になりました
    まだ積もるほどではないですが
    このまま夜まで降り続けると
    明日の朝は白くなっていると思います

    ひねもす

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  3. かすみ草 様

    こんばんは。

    やっぱり雪でしたか。ボクの友達の何人からも

    雪積もったで〜というメールと写真が入っております。

    休日でよかったですね。雪見酒(?)でも如何ですか?

    肴は、「雪見だいふく」などで。

    甘党の貴女にはドンピシャでしょう。ごめんなさいね。

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  4. ひねもす 様

    こんばんは。

    湘南の海にも雪が降る・・・か。

    12日は新潟より関東圏の方が雪の確率が高いそうですよ。

    朝の道路はまさにアイスバーン状態。特に気をつけてお出かけ下さい。

    今日のマインヒュッテには、娘夫婦と孫がきています。

    朝からスキー場へ行って、ボードを楽しんでいるようです。

    ボクは相も変わらず雪かきと、枯れ木集めですが。ではまた。

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  5. 妙高はまた雪でしょうか?
    まだ春には程遠いですね。
    はねこんまが山肌に現れるのはいつになるのかな・・・
    コメントを投稿するのが中々難しいようです。
    さて今回は送れるかしら。

    ごん魔女

    ごん魔女 様

    今日の妙高は、降ったりやんだりでした。

    朝6時半にDさんが長男さんと友人3人を連れて来られました。一日スキーをしていたようです。
    9時頃に一馬達がきました。なんとも賑やかですよ。
    春にはまだほど遠いようです。でも一歩ずつですね。お宅も賑やかなことでしょう。ではまた。

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