2012年1月23日月曜日

酔花 風酔 自然法爾のおきどころ・言葉のアーカイブス <標高264m>



 人間は考えようによってはまことに弱い存在であります。特に金銭が絡むと今まで周りの人から尊敬の眼差しで見られていた人でも、つい間違った道に迷いこむ事があるもので。この話は人間が「あり地獄」に落ち込んでいく様子を描いてみたつもりであります。筆者の周辺でも日常見聞きする出来事であります。ただしこれらは全てフィクションです。そのおつもりでどうぞ。

              連載小説【あり地獄】

 ここは街の繁華街、すずらん燈が灯り結構賑やかな夕方、三人の男がクラブのドアーを押した。物語はここから始まっていく。先を歩く男は、50才くらいでしょうか、洒落たブレザーを着こなして煙草をくわえている。続いて40代後半の男性、胸を張って入っていく。最後に30代半ばの若い男。ジーンズに鳥打ち帽姿、それぞれに個性的な風貌である。

 一番奥のテーブルにつく。ママが一通りの飲み物を持ってきて若い女の子を座らせる。ここからは、ドラマ仕立てで進めてまいりましょう。

 『お久しぶり、どうしてはったん?』『そういやあ長いこと来てへんな、ボトル流れてしもたんとちゃうか』『あほらし、そんな事しますかいな。ほらこれでっしゃろ』『ほんまや、残ってるがな』『こちらさんも、まあどうぞ』そう言いながら40代後半の男性に水割りをすすめる。『ほな先生まあ、とりあえず乾杯といきまひょか』。和やかに乾杯が済み、男がママになにか耳打ちをする。ママは、すっと席を外す。連れて若い女の子も同様に店の奥に消えた。

 『先生、きょうはお忙しいのにすんまへんな』『いや、うまい具合に会合がのうなったんや』『そうでっか、ゆっくり飲んで行っておくれやす。おい樋口、先生にお注ぎせんかい』『すんまへん。さあ先生どうぞ』『じゃあ、少しだけ』そんなやりとりが小一時間ほど続いた頃、男がこんな話を始めた。

 『先生、この前えらい世話になりました、おおきに』『ええ、なんの話ですかいな』『ほら、篠塚はんとこの息子さんの学校の件ですがな、お忘れですか?』『どやったかいな』『先生によろしゅうお頼みしたんお忘れでしたか?』『それで、その息子さんがどうかしはったん?』『いやお陰さんで、通りましたんや学校。篠塚社長もえらい喜んではりましたで』『そりゃ、よかったな』『お力お借りして、ほんますんまへなんだ』『私はとくに何にもしていないが』『そんなご謙遜を。いや、守口も言うてはりましたで、あれは先生のお陰やゆうて』。

 先生と呼ばれている男、どうも腑に落ちない顔つきではあるが、その息子が通ったと聞いてホットした様子だ。男が若い衆に何か指示している。カバンから茶色の封筒が取り出される。そしておもむろに、男がこう切り出した。

 『ちょっと遅なってすんまへん。お礼も言わんと』『そんなん、関係ないで。ほんまなんにもしてないんだから』『なんかお礼をと思たんですけど、これすんまへんけど納めてもらえまっか』『これて、なんですか?』『ほんのお礼の気持ち!ただそれだけですわ』。先生と言われている男、その茶封筒を手にとる。『これ、ひょっとするとお金ですか?』『いいえ〜な、物買う時間もおまへなんだよって、これで堪忍しておくれやす』『これは、困るは。まずいよ』。先生と呼ばれている男、そう言っていかにも困った様子。

 『先生、もう難しい話し止めまひょ。お互いに大人や、そうでっしゃろ』。男はそう言いながらワイシャツの袖をまくる。背中から続いている龍の彫り物の足の部分が、痩せた腕の血管を浮かべておどろおどろしい。先生がそれにチラット目を走らせる。『わかりました。私としても心苦しいが、今日のところはお預かりすると言う事で』『そんな杓子定規な事いいなはんな、僅かなもんでっさかい』先生は封筒の中に目をやり少し驚いた様子で、『50ですか?』『さいでおま』そう言って男はおもむろに手を叩いてママを呼んだ。

 『先生お忙しいのでお帰りやそうや。ハイヤー呼んでんか』。ハイヤーが来て先生は帰って行った。『さあ、飲み直しや、おい樋口、ちゃんとやったんやろな?』『へえ、言われた通りこのテープに』『それちゃんと録音(とれ)てんのやろな』『そら大丈夫です。ソニーだっせ』『それが一番危ないがな、きょうび』。

(続きます)

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