2013年6月12日水曜日

酔花 風酔 自然法爾のおきどころ・ジャズパブ維摩 48 <標高 640 m>



暁子さんのお輿入れが無事済んで、あとは1123日の結婚式を迎えるのみとなった。神戸の山手にある、「生島神社」の本殿において神の御前に夫婦の契りを結ぶ。媒酌人は庵主様夫妻である。

「ジャズパブ維摩」の常連の誰一人として、庵主様に奥様がおられるなど、それまで耳にした事がなかった。ましてお顔を見ることは今回の結婚式が初めてとなる。ある面、浜ちゃんと暁子さんの結婚式以上に、楽しみな事でもあった。

あれは暁子さんのお輿入れが終わって四日ほど後の事でした。

アクアマリンKobeの海原沙織里さんは朝の掃除をしていました。夜の内に沢山の木の葉が道に散らばっています。雨などに濡れると、お年寄りなどが足を取られて危ないので掃除をしておくのです。

朝の7時半頃だったでしょうか。海岸通りの方向から、一人の男がこの煉瓦路に入って来ました。建物の看板を一つずつ舐めるように見ています。沙織里さんは今年の夏、自分も同じようにしてこの通りを歩いていた事を思い出していました。

この男は昌ちゃん帽を目深に被り、人目を避けるようにして歩いていました。ちょうど小学校に通う女の子が二人、反対方向から煉瓦路に入って来ました。その男は、フラフラと子供の方に寄って行きます。

女の子たちは、男から離れるようにして、足早に擦れ違いました。その時男がにやっと笑ったのを沙織里さんは見ていました。それは気味が悪いと同時に、なにか寂しそうな、疲れた感じだったと言います。

男は、「ジャズパブ維摩」のエンブレムをじっと眺めていた様です。そしてそのまま、フラフラと元町通りの方向に消えて行きました。沙織里さんは後で、男が汚れたカバンを持っていたと兵庫県警の岩城刑事に話しました。

岩城刑事は、海原さんに一枚の顔写真を見せましたが、彼女はその男が昌ちゃん帽を目深に被っていたので、はっきりこの男だとは判らないと話した様です。

安永刑事は、万が一その男が泊雄二の場合、次の事件を起こす危険性があるため、この地域のパトロールを強化するよう命じました。警察もその男が「ジャズパブ維摩」のエンブレムをじっと見ていたのが気になっていました。

暁子さんが、ここに来る事を泊雄二は既に知っているのでしょうか? 今月の23日、「生島神社」での結婚式のあと、この「維摩」が内輪の披露宴の会場になっているのです。暁子さんがここに来るのは100パーセント確かなのです。

私は沙織里さんが不審な男を見た日、彼女からその話を聞かされました。その男がお店をじっと見ていた事もです。すぐに、安永刑事に連絡を入れました。しばらくして、安永刑事の部下である岩城刑事がやって来ました。

海原沙織里さんにも来てもらって、状況説明をしたのです。それが先の内容でした。結果、それだけでは決め手にはならないが、犯罪の再発防止の意味からも充分注意する必要があるとの事で、警察によるパトロールの強化になったのです。

岩城刑事が帰った後、私は庵主様、誠さん、浜ちゃんに今日の事を電話で報告しました。庵主様は、こう云われました。『いっしゅはん、神戸も気仙沼もどちらも港町じゃ。そこに住む者は潮の香りにつられて、海岸縁(べり)を歩く習性がある。その男も海縁に住んでいる者のはずじゃ』と。

庵主様一流の人物評である。でもこの事が後になって重要な手がかりになろうとは、神のみぞ知るでありました。

殺人未遂犯人、泊雄二はいま何処にいるのでしょうか?海岸通りの辻や角には、目つきの鋭い男が数人見え隠れしています。


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