2013年11月24日日曜日

酔花 風酔 自然法爾のおきどころ・花一輪 恋の笹舟 <標高 806 m >



花一輪・恋の笹舟(二十八)

苦諦(くたい)・愛別離苦(あいべつりく)

『尼様、日々のご生活にご不便はありませんか?』順心は思い切って尋ねてみた。だからどうするという訳でもないのだが、この薄暗い仏間で尼とはいえ女性と二人きりになることの重苦しさから逃れたかったのである。


『はい、それは世を捨てた身、不便はもとより承知であります。裏では少しですが野菜を作っております。外に出ることもありませんし・・・』そう言って春禰尼は口元に手をあてて笑った。

『失礼ですが、尼様のご生地は・・・』『私でございますか、生まれは伊勢でございます。それも鈴鹿の山の奥でございました』『左様でございますか。伊勢の地とここ丹波篠山とがうまく結びつきませぬ』。そう言って順心は熱い茶を啜った。外は雪まじりの風が吹いているのか、戸にあたる音が聞こえる。

『順心様のご出身はどちらで』『はい、私は阿波の国、徳島の美馬でございます。中学校を卒業するまではその地で・・・』。そう言ったきりどちらも黙ってしまった。灯明の揺らめきと、風雪の泣く声だけが聞こえている。順心はそろそろ暇乞いをして帰ろうと腰を上げた。その時尼が小さく言った。

『順心様、外は大雪のようにございます。このままでは御寺にたどり着くのは難しかろうと・・・』。春禰尼の目は真に順心の身を案じて話しているのがわかる。そうだからといってどうするのだ。順心は迷っていた。

このまま尼と別れて寂夢庵を出て、久遠実相寺に帰るのは確かに危険だし、谷も深い。月のでている夜道なら何度か帰った事はあったが、大雪の夜は初めてであった。ひとつ間違えると、行き倒れになるかも知れなかった。

しかし女人が一人住むこの尼寺(侘びずまい)に男が夜を過ごしていいものか。どうすれば良いのか、自分の心の優柔不断さに戸惑ってもいた。『順心様、今夜はこの尼と夜とぎをしてもらえませぬか?』『夜とぎ・・ともうされますと?』『お通夜でございます』そう言って春禰尼は頭の白い被り物をとった。


★  ☆  ★

【庵主よりの一言】

苦諦(くたい)・愛別離苦(あいべつりく)

愛する者に別れる苦しみ


 愛するものを 見ざるは苦なり 愛せざるものを 見るもまた苦なり
 愛するものに 近づくなかれ 愛せざるものにも 近づくなかれ

 (法句経 二百十)



ここでは、対人関係の問題を示しています。愛するものに別れる苦痛です。肉親や恋人との死別や生別から受ける私達の心や身体への痛手は、今も昔もなんら変わりはありません。



この愛するものに別れる苦痛を「愛別離苦」といっております。「会うは、別れのはじめ」、この言葉をしっかりと心に刻み込んで覚悟の日々を送ることが果たして出来るでしょうか・・・。

2 件のコメント:

  1. こんばんは、こちらも朝夕は寒さが厳しくなってまいりました。庵主さまはお元気なご様子何よりです。

    私事、知人は高齢者が大勢です。もちろん毎年多くの別れに逢います。「芸人別るる事は覚悟なりけり」と言います。多くを教え導いて下さった方ほど、潔く先んじてゆきます。残る者を寄せ付けもしません。

    でも、「もう、お会いする事は出来ない…」という事は寂しいものです。

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  2. maruru さま

    こんばんは。おっしゃる通り、諸先輩はご高齢の方がほとんどで、一年音信が途絶えますと、胸騒ぎがするのです。今日もそんな方にお電話を致しましたら、この水曜日から入院との事。
    またお元気になって一緒に歌いましょう、と言って電話を切りました。なんだか寂しくて、その方の健康回復を祈っています。

    それはともかく、あなた様はお元気にて明るくお過ごし下さいますよう。妙高山麓の森の中から、日々お祈り致しております。

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