2011年11月10日木曜日

酔花 風酔 自然法爾のおきどころ・聖書に学ぶ <標高189m>

「五千人に食べ物を与える」

マタイによる福音書 第1413節~21

聖書に福音書は4つあります。マタイ、マルコ、ルカ、ヨハネです。それぞれ独自の視点で書き記しています。でも彼らは同じようにはイエス様を伝えようとはしませんでした。

ルカは医者であり歴史家でもあったので、調べ物をして書いています。ヨハネはみんなが書いた後で、独自に書いています。それでもイエスの生涯の中で、十字架と復活は必ず書いています。だれもが漏らさず書き残しているのです。

ルカ、マタイはイエスの誕生のことを書いています。他に四人が書いているのは、この「五千人に食べ物を与える」という奇蹟であります。

現代人はこの話しを読んで、ある面バカにしています。そして当時の人々すらもそれは本心では信じていなかったようです。だからこそ私達はこの話から、何を知り、何を学ぶのか? また彼らはこの話を何のために書いているのかを掴まなければならないと思うのです。

聖書の言葉を紐解きながら進めてまいりましょう。

「イエスはこれを聞くと、舟に乗ってそこを去り、ひとり人里離れた所に退かれた。しかし群集はそのことを聞き、方々の町から歩いて後を追った」13

イエスは人里離れたところに退かれた。しかし群集が押し寄せたとあります。

人里離れるとは、人から離れることです。そこでイエスはその集まって来た人々に癒しを与え、御自分でお働きになったのです。

「イエスは舟から上がり、大勢の群集を見て深く憐れみ、その中の病人を癒された。夕暮れになったので、弟子たちが、イエスのそばに来ていった。“ここは人里離れた所で、もう時間もたちました。群集を解散させて下さい。そうすれば、自分で村へ食べ物を買いに行くでしょう」14節~15

弟子達は口々にこう言います。「自分でめいめい食べ物を買いに行かせましょうよ」この言葉の裏には、バプテスマのヨハネが領主ヘロデにより首を切られて殺されている。(141節~12節)今やイエス達にとって、この地は非常に住みにくい場所である。次にはヘロデの魔手はきっとイエスに及んでくるだろう。だからよけいに目立ちたくなかったに違いないのです。

「イエスは言われた。“行かせることはない。あなたがたが彼らに食べる物を与えなさい”弟子たちは言った。“ここには、パン五つと魚二匹しかありません”イエスは、”それをここに持って来なさい“と言い、群集には草の上に座るようにお命じになった。そして、五つのパンと二匹の魚を取り、天を仰いで賛美の祈りを唱え、パンを裂いて弟子たちにお渡しになった。弟子たちはそのパンを群集に与えた」
16節~19

イエスは弟子たちが尻込みをして、ここを立ち去ろうと考えているのをお感じになられて、「あなた方が彼らに食物を与えよ」と述べられ、弟子たちに用意しなさいと話されたのであります。

神様は我々にただ単に奇蹟を求める信仰ではなく、また漠然と祈るのでもなく、私達にその行いを求めておられるのです。


はたしてこの結末は  明日に続きます Imagined by Jun 






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