2011年11月26日土曜日

酔花 風酔 自然法爾のおきどころ・言葉のアーカイブス <標高206m>

地獄八景亡者戯(じごくばっけいもうじゃのたわむれ)】


何度も聞きこんでいると自分もその中の登場人物になり、噺の中に超入してしまいます。そうこうする内に、知らず知らずの間に『地獄八景亡者戯』が身に付いて、勝手に口をついて出てくるのです。これはまことに不思議でもあり、こんな嬉しい事はありません。

『もし・・そこへ行くのはご隠居、田中のご隠居と違いますか

『そ〜やけんど、そういうあんたは辰っあんやないか』

『ご隠居、やっぱりご隠居や』

『えらいとこで会うたなあ〜』

『えらいとこで会いましたな〜』

この会話は現世を去って、あの世とやらへ移っていく「道中」なんですよ。ご隠居の死に方が変わっていて、ちょっとした風邪を引いたもので、公衆便所の傍にある病院に行ったらしいのです。そこで調合してもらった風邪薬に当たって死んだ、まあけったいな死にかたですな。そのご隠居のお葬式に参列していたのがこの連れの男。帳場の係を頼まれお手伝いをしています。香典の中から500円をちょろまかしてそしらぬ顔。香典の合計が500円多かったのでちょいと失敬。『ああ、合うたおうた』は帳場をあずかる男。そこで辰っあん一言『人助け!』。その行為をご隠居にとがめられ、『あんさんなんでそんな事知ってまんね』『そら棺桶の蓋あけて覗いてたんやで』『あちゃ〜』。

なんともナンセンスな会話ですが、『死者はなんでもお見通しなんや』と私などは納得する始末。さてこの辰っあんは、大好きなサバの煮付けを食べたところそれにあたってス〜ッとこっちへきたそうな。だから二人の道中が始まったというわけです。

まあ、こんな会話からこの『噺』は始まって行くのですが、『この世』を厳粛な『死』によって卒業し、『あの世』にやって来た二人の男が人間が死んだあとに行かねばならない場所、例えば『三途の川』『閻魔の庁』地獄なら『血の池』『針の山』『釜ゆで』など恐怖の体験を面白可笑しくクリアーしていく、奇想天外、抱腹絶倒、『血湧き、肉躍り、骨笑い、筋泣く』。まさに『死』を明るい冗談事に置き換えたこの『地獄八景亡者戯』はまさに『日本的死生観』の独断場であると思います。

圧巻は三途の川の渡し船の船賃を決めるくだりでしょうか。『死に様によって値段が違うんじゃ』とは船頭の判定基準。例えばこんなのが・・・『わたい食あたりで死にましてん』『苦しかったか、辛かったやろ』『そらもうあげさげで、夜中に何遍も便所の往復で・・・』『わかった、49円!』『なんで49円になりまんの?』『何遍も便所に行ったやろ。せやからピチピチ49で49円や』『きったない計算やなあ』『あほ死に様に綺麗も汚いもあるか、さっさと払え!』てなやりとり。もう会場大爆笑、みんな経験済みなんですな。

登場人物も、三途の川の脱衣婆・船頭・閻魔大王・青鬼 赤鬼・人呑鬼・地蔵さん・キリストさん・ビリケンさんなど宗派を越えて多士済々。

正月の三ヶ日のめでたい日のテーマとしては打って付け!!この『噺』庵主は、わが心の師、桂枝雀師匠のが秀逸だと思います。いまごろ『あの世』で旨い酒をしこたま呑んでいる事でしょう。

『枝雀師匠!呑みすぎてそこから落ちて、生き人になったらあきまへんで』。『死人』から『生き人』への転換。この心、わっかりますかな〜。
是非CDかテープを入手されゆっくりと酒でも呑みながら聞き込んでみてください。「人生一安心」すること請け合いです。ではまた落語の世界でお会いしましょう。



阪神淡路大震災のモニュメント 東日本の震災も一日も早く復興し、みんなが笑顔になる日を祈っています 厳しい冬を寄り添いながら温め合って乗り越えましょうね By Jun 


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